予測できない市場環境の変化や破壊的イノベーションの登場、グローバル化の進展など、絶え間ない変化の中で生き残るために、企業も常に自らを変え、進化を続けています。その変化・進化のために、企業の中では、基幹系システムの刷新、BPR、事業再編やM&Aなどのさまざまな変革プロジェクトが切れ目なく、時には同時並行で走ることも珍しいことではなくなりました。
その中で見過ごされがちなのが、Organization Change Management(OCM:組織チェンジマネジメント)の重要性です。OCMは、変革において「人」に焦点を当てています。プロジェクトの成功は、単に改革のための施策を完遂すれば達成できるものではありません。新しい制度やプロセスを実際に活用する社員が、それらを受け入れ、自発的に適応していくことが必要だからです。
ここで紹介する記事は、TCSのM&Aサービスチームが、OCMの重要性について、M&Aの統合プロセスを例にして解説したものです。
OCMが必要性とされるのは、M&Aにとどまりません。皆さまがこの記事を通してOCMへの理解を深め、ご自身のプロジェクトでお役立ていただくことを願っています。
ハイライト
全てのM&Aには課題が付きものです。案件の開始から終了までがタイトなスケジュールで進行するため、組織内のさまざまな階層で変化への抵抗が生じます。
その抵抗が企業のパフォーマンスや生産性を下げ、M&Aの目標の達成を難しくしています。
これまでM&Aに関わる組織のリーダーは、業務運営やITインフラなど、M&Aにおける仕組みの面を重要視してきました。経験豊富なリーダーは、取り組みの成果を定量的に評価し、その価値を算出することができます。しかし、M&Aにおいては人と文化の要素も見落としてはいけません。M&A成功のためには、財務の側面(量的側面)と人の側面(質的側面)の両方で成果を出す必要があるのです。
そのためにリーダーが取り組まなければならないのが、チェンジマネジメント*です。重要な人材や企業文化にも配慮して進めていくことが、M&Aを成功に導くために不可欠な要素なのです。
*チェンジマネジメント:組織を「現在の姿」から「目指す姿」への変革を、効率的に成功させるための管理手法
この失敗の理由は何でしょうか? その多くは、合併する2つの組織の文化が合わないこと、業務管理の不適切さ、モチベーションの低さ、重要な人材の流出、コミュニケーション不足、信頼の欠如、不明瞭な長期的目標など、人材に関するの問題に起因しています。
限られた時間の中でM&Aを確実に成功させるためには、適切に設計されたチェンジマネジメント計画が必要です。チェンジマネジメントは、合併する両組織のメンバーが、企業文化も含めた変化に対して心の準備をし、変化を受け入れていくプロセスです。そして、リーダー陣が見過ごしがちな心理的な側面に対して現実的な指標を設定します。リーダーは、M&Aが成功するかどうかの判断材料として、その指標を用いることができます。
*SHRM: Managing Human Resources in Mergers and Acquisitions
企業規模が大きくなるほど、M&Aに関わる機会も多くなるでしょう。企業のリーダーは、M&Aで狙った成果を達成するために明確なゴールを持ち、一方で柔軟なチェンジマネジメントを展開する必要があります。
多くの場合、M&Aにおけるチェンジマネジメントは、単にコミュニケーション計画のみのケースがほとんどです。メンバーも自社内だけで編成され、M&Aに関わる個々のプロジェクトチームや事業部門では縦割りで進められることが少なくありません。
チェンジマネジメントを担うチームは事前に計画し、M&Aの各フェーズに応じて役割を柔軟に変えながら取り組みを進める必要があります。ただし、チームの目標は一貫しています。それは、M&Aで期待される価値を実現するため、すべての工程でチェンジマネジメント戦略の有効性を評価し、関係者と継続的にビジョンを共有し、円滑なコミュニケーションを図るとともに、必要に応じてサポートを提供するというものです。(図1を参照) 。
Prosci調査*によると、回答者の85%が従業員エンゲージメントに関する何らかの調査を実施しているものの、「定期的な実施」は半数に満たないことがわかりました。チェンジマネジメントチームは、M&Aの過程でリーダーの深い関与を促し、従業員がM&Aにどの程度納得しているかを測定・評価できるよう支援します。例えば、コミュニケーション戦略や計画には、関係者への主張の強さ(関係者が周囲に対して自分の要望をどれだけ主張するか)など、個別の側面も含める必要があります。こうした分析に基づいたアプローチを計画・実行することで、チェンジマネジメントチームはリーダーの戦略的アドバイザーとして機能します。
*SHRM: Managing Human Resources in Mergers and Acquisitions
チェンジマネジメントチームがM&A成功のために活用する、組織チェンジマネジメント (OCM)ののプレイブックには、次の5つの基本的要素が含まれています。
経験豊富なリーダーは、M&Aにおける企業文化や組織の変化を管理していく上で、チェンジマネジメントフレームワークの重要性をよく理解しています。彼らは、M&Aの内容に合わせてカスタマイズされたチェンジマネジメントプログラムを積極的に活用し、合併がよりうまく進むよう工夫し、M&Aの成果を最大化しようとします。OCMは、経験豊富なリーダーにM&Aの成功に自信を与え、M&Aの目標の達成をサポートします。
冒頭で紹介したように、変革はそれを実行する「人」に受け入れられて初めて機能するという点を考慮すると、OCMはいかなる変革においても重要です。慣れ親しんだ業務の進め方の変更、これまでと異なるKPI(業績評価指標)や評価基準、プロセス変更に伴う自分のポジションに関する危機感など、変革の過程には抵抗を引き起こすさまざまな要素があります。こうした変革に対する従業員の心理的な抵抗を、完全でないにせよ、ある程度解消し、前向きに変革を受け入れてもらうことがOCMの狙いです。従業員が変革に対して前向きになることによって、初めて計画された変革のベネフィットが発揮される前提が整うのです。
特に日本においては、OCMがより重要となる2つの点があります。1点目は、諸外国に比べ日本では1つの企業に長期間勤める傾向*があり、固定化された企業文化や業務プロセスが深く根付いていることを考慮する必要があります。決まった考え方、やり方を長期間続けてきた場合、こうした変化に対する抵抗はより大きくなります。2点目は、日本企業の特徴としてトップダウン指示だけでは組織が動かないことです。現場レベルでのKAIZEN(改善)活動などが自主的に実践されているような、ボトムアップの活動が重要性を持つ企業では、トップダウンでの指示が現場で抵抗に遭うことがあります。こうした抵抗(あからさまな抵抗だけでなく、消極的なサボタージュも含む)によって、変革が遅れ、実行されないといった問題が起こらないよう、十分な対策を講じる必要があります。
日本企業にとって、変革は今後も成長の不可欠要素です。変革を進めるリーダーには、OCMが計画の基礎的な要素であることを認識し、その重要性に再度目を向けていただくことを期待したいです。
*出典厚生労働省のデータブック国際労働比較2023第 3-13-2 表 性別・年齢階級別勤続年数