マイクロソフト、スターバックス、Google傘下のアルファベット。これらの名だたる大手グローバル企業のトップを、インド出身者が席巻しているのをご存じだろうか。
なぜいまインド人材が、グローバルでこれほど活躍しているのか。
その理由を読み解くべく、インド工科大学ハイデラバード校で教鞭をとる片岡広太郎准教授と、インド最大手のITサービス企業、タタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)の日本法人・日本TCSで副社長執行役員、最高人事責任者を務める谷村佳幸氏の対談を実施。インド人材の強さと、彼らと共に働くことで得られる成長について聞いた。
日本の競争は生ぬるい?
──マイクロソフトやスターバックス、アルファベットなど、名だたる大手グローバル企業のトップを軒並みインド出身者が務めています。世界で活躍するインド人材の強さの秘密は何なのでしょうか。
片岡 日々インドの学生たちと接するなかで、リーダーになる素養は確かに培われていると感じます。その最大の理由は、やはり常に厳しい競争に晒されていることだと思います。
そもそもインドの人口は約14億人(2023年11月)と、日本の10倍以上です。「人口が多いから機会も多い」というわけでは全くなくて、著しい経済成長の裏には依然としてさまざまな格差が広がっています。
だからこそ社会的に成功するには、熾烈な競争を勝ち抜いて、限られた数の椅子を勝ち取らなければならないのです。
そうした背景もあり、インドは厳しい学歴社会。それに伴って勉強量も非常に多い。インドの学生を見ていると、努力し続けても息切れしないスタミナが養われていると感じます。
さらに厳しい競争環境に身を置いているがゆえに、インド人は自分自身の成長に対して非常に貪欲です。言うなれば、「リスキリングの権化」なんです。
というのもインドでは、技能や賃金の向上を求めて短期間で転職を繰り返す「ジョブホッピング」が基本。特にエンジニアは、3〜5年のサイクルで転職を考えます。
そんな短期間でやってくる転職レースで勝ち抜くためにも、「最新の技術トレンドは押さえておかないとヤバいな」というように、常に自身のスキルを磨き続けているんです。
谷村 おっしゃる通り、インドはものすごい競争社会ですよね。日本でも「受験戦争」と言ったりしますが、日本とインドでは倍率の桁が違います。
そもそも「リスキリングが必要だ」と騒いでいるのは日本くらいです。他の国の人たちは、これまでも当たり前にリスキリングをやってきている。
ちょうど先日、パーソル総合研究所のコンサルタントが、衝撃的なデータを紹介してくれました。
それによると日本人は、「自分のスキルを伸ばす学習や自己啓発への投資を何もしていない」と答えている人が40%を超えており、その割合は調査対象国内で最下位なのです。
一方で、最も学習している国がインド。
約90%のインド人は自己啓発のために、社外学習を含めた何らかの学習をしていると答えているのです。
実際、彼らの学習量は半端ではありません。たとえば、TCSに約50万人以上いるインド人社員は全員英語が話せます。
インドでは英語が公用語のひとつではありますが、誰もが自然に英語を習得できる環境に置かれているわけではありません。
世界で通用する人材になるために、自ら勉強して叩き込んでいるのです。
こうした現実を見ると、常にスキルアップを求めるマインドセットは、日本人とは比べ物にならないほど強いと感じます。
──日本とインドでは、マインドセットからすでに大きく異なっていると。
谷村 私が日本TCSのインド人社員を見て感じるマインドは、「キャンドゥ(can do)精神」がベースにあること。何か仕事や課題が与えられたときに、彼らは「できない」とはほとんど言いません。まずは、「できます」と答えるのです。
その「できます」は、必ずしも「確実にやり遂げる」という意味でない場合もある。ですが、その根底には、まずはやってみて、壁にぶつかる度に小さな修正を繰り返して完成を目指そうとする「アジャイル思考」があるんです。
このマインドを象徴するような面白い経験をしたことがあります。2015年、インドの主要都市でTCSの日本専用デリバリーセンターを開発していたとき、現地に日本人を住まわせるアパートを探していました。
そこで不動産屋に案内され、あるアパートを見に行くと、まだ玄関ができていない。併設されるジムも工事中で、プールなんてまだ岩が剥き出しの状態。
それでも、アパートの2階の部屋だけは綺麗にできていて、すでに人が住んでいるんです(笑)。
まさにアジャイルですよね。これが当たり前の環境で育てば、それはアジャイルな精神が染み付くと思いますね。
これに対して日本のITサービス企業は、往々にして100%の完成度を目指します。
もちろん、その質の高さは素晴らしい。一方で、変化の激しい今の時代、完璧を目指しすぎることで、お客さま企業はプロダクトやサービスなどを市場に投入する最適なタイミングを逃してしまう、なんてことも頻繁に起きています。
片岡広太郎氏提供の資料を、NewsPicks Brand Designが編集
片岡 非常に共感します。インドには「失敗からも学びがある」という考えも根底にあるんですよね。国民性に近いものだと思います。
失敗から学ぶということは、トライ&エラーのサイクルを迅速に繰り返せるということ。そうすれば自身の経験値が高まるし、実体験に基づく解決策の引き出しが、どんどん増えていきます。
「失敗から学ぶ」という土壌は、単に仕事を早くこなせるだけでなく、課題解決力を高めることにもつながっていると感じます。
協働の鍵はグローバルな適材適所?
──そうしたインド人材の強みを、日本はどのように取り入れることができるでしょうか。
片岡 インド人材の課題解決力の高さについてお話ししましたが、「では日本の人材は劣っているのか」というと、全くそんなことはありません。
私がインドに来て改めて感じるのは、日本人が持つ「課題を発見する能力」の高さなんです。
たとえば、日本の電車は非常に正確なスケジュールで運行しますよね。時刻表から30秒と違わずに地下鉄が走り、新幹線は終着駅に止まったほんの数分間で清掃を終えて再出発します。
こんなに社会システムが整備されている国は他にありません。
逆に言うと、全てが整っているからこそ、それだけ問題を見つけるのが難しい国なんです。
それでも日本のITエンジニアはさらなる課題を発掘し、サービスの質をより一段と高めていますよね。
日本人の持つこうした課題発見能力と、インド人の突き抜けた課題解決能力を組み合わせることで企業や組織に相乗効果を生み出せると感じているんです。
谷村 ええ、日本TCSではまさに、そうした強みを持つインドや日本の人材をはじめ、さまざまな国籍の社員が互いの強みを掛け合わせて、新たな価値を生み出しています。
そもそも日本TCSとは、インド最大の財閥タタ・グループから誕生したITサービス企業の日本法人です。
ITコンサルティングやDX(デジタル変革)支援が主な事業領域ですが、その最大の特長はグローバルで培った技術力や知見を総動員して、お客さまの課題解決に取り組んでいること。
そのため組織構成も国際色豊かで、社員の約3割はインドからの出向社員、在籍社員の国籍構成は33カ国に上ります(23年11月時点)。インドの主要都市には、日本企業専用のデリバリーセンター(開発拠点)を持ち、現地採用の人材と協力してお客さまにサービスを提供しているのです。
──インドに開発拠点があると聞くと、いわゆるオフショア開発を想像する人も多いのではと思います。日本TCSの特長とは何なのでしょうか?
谷村 確かに従来は、ITシステム開発を海外の開発拠点にアウトソースする「オフショア開発」が一般的でした。端的にまとめれば、開発は海外拠点に丸ごと任せて、日本人はプロジェクト管理や日本のお客さまとのコミュニケーションを担うといった役割分担でしょうか。
しかし開発を丸ごと海外に任せるこのやり方では、日本とグローバルの商慣習や文化の違いが障壁となって、品質面やスピード面で問題が生じることも多いのです。
そこで日本TCSでは、「ハイブリッドモデル」でのチーム運営を実践しています。各プロジェクトには、国籍に関係なく、お客さまの業界・業種や技術領域について専門性を備えたプロフェッショナルをアサインし、日本と海外メンバーによる混成チームを作るのです。
したがって国内と海外メンバーの比率が5:5の場合もあれば、7:3の場合もある。
プロジェクトマネージャーがインド人で、システム開発を日本人が担うケースだって珍しくありません。まさにグローバルな適材適所なんです。
このように、世界中のプロフェッショナルを総動員し、最も優れた価値を生み出せる布陣でお客さまの課題解決に臨んでいるのが、日本TCSなのです。
グローバル環境で“揉まれる”経験
──そういったグローバルな環境で働くことで、社員はどんな成長を得られるでしょうか。
谷村 世界中の異なるバックグラウンドを持つ人と、協力しながらプロジェクトを進める。この経験を経た人は、柔軟な課題解決力や他者への受容性が磨かれていきます。チームをマネージする立場になれば、その経験はよりいっそう活きてくるはずです。
さらに、世界水準の技術や知見に肌身で触れる価値の大きさも、計り知れません。自分と世界の差を知って、健全な焦りを感じることは、その後の成長にポジティブに作用しますから。
片岡 グローバルな人材が集まる組織で働いた経験は、シンプルにその人の自信につながりますよね。
自信って、人生において本当に大事だと思っていて。自分の話で恐縮ですけれど、私自身はインドで「運転している」のが自信になっているんですよ。
というのもインドの交通事情は本当にカオスで、あちこちから車が飛び出してくるし、車間距離もギリギリ(笑)。特に私が住んでいるハイデラバードは、外国人は「絶対運転するな」と言われるくらい危ないんです。
でもそこで踏ん張って何とか運転できれば、「インドでできているんだから、世界中どこでも運転できるじゃん」と生きる力が湧いてくる。
仕事も同じで、これほど多国籍なチームで、世界中のITエンジニアと互角にやり合う経験は、自己肯定感につながります。
そして「次はこれもできるかも」と、以前の自分にはなかった前向きな姿勢が養われ、キャリアの選択肢も広がる。今後の人生の血肉になると思います。
谷村 本当にそうですね。今は独学で何でも学べる時代ですが、グローバルなマインドセットはこうした環境に身を投じない限り身につきません。
異文化に“揉まれて”成長したいという意欲のある方たちと一緒に働けるのを、楽しみにしています。
制作:NewsPicks Brand Design
執筆:金藤 良秀
デザイン:田中 貴美恵
編集:金井 明日香