東京海上日動火災保険株式会社・東京海上日動システムズ株式会社
工事現場の労務管理や生産性の向上が喫緊の課題となっている建設業界。
東京海上日動火災保険が開発した、独自のAI を搭載したテレマティクスサービス『シーレック/ Ci-REC』が、事故発生時の補償に加え、建設業界における課題解決の担い手として注目されています。
東京海上日動火災保険株式会社(東京海上日動火災保険)の前身である東京海上保険の創業は1879(明治12)年。実に140 年以上もの歴史を誇る日本で最初の保険会社です。2021 年度にスタートした中期経営計画では、「成長への変革(“X”)と挑戦2023 ~『品質と想いで最も選ばれる会社』を目指して~」をコンセプトに、お客さまや地域社会の“ いざ” をお守りするというパーパス( 存在意義) を実現し、社会課題の解決に貢献しながら持続的な成長を目指すことを掲げています。
保険業界を取り巻く環境は、人口動態の変化、自動運転技術・AI などのテクノロジーの進展、自然災害の激甚化・多発化などの中長期的なトレンドに加え、新型コロナウイルス感染拡大によるデジタル化の一層の進展など、大きく変化しています。東京海上日動火災保険では、こうした変化を、自らを変革し、新たな価値を創出していく好機と捉え、中期経営計画の下でさまざまな取り組みを進めています。その柱の一つが“DX(デジタル・トランスフォーメーション)による価値創造”です。データとテクノロジーを活用し、ビジネスモデルを変革することに加えて、企業風土・文化の変革や、人の力を飛躍的に向上させることで、競争上の優位性を確立することを目指しています。
これを実現するために取り組んでいるのが、データ分析やテクノロジーを活用して新たな価値を提供する保険商品『dRI VEN(ドリブン)』シリーズです。同シリーズでは、個人向けのドライブレコーダー付き自動車保険や、オペレーションリスクに起因する損害を補償する投資運用者向けの賠償責任保険などの商品を展開してきました。そして2022 年4 月12日、新たに販売を開始したのが、保険業界では初めてとなる建設機械向けレコーダーを活用したテレマティクス※1 サービス『シーレック/ Ci-REC ※2』です。
『シーレック/ Ci-REC』の開発をリードした、東京海上日動火災保険 企業商品業務部 課長代理の伊藤 豪氏と奥村 秀太郎氏は、保険業界初の商品開発に挑んだ背景を次のように語ります。「建設業界は重要なお客さまであり、多くの保険商品を提供してきました。しかし、建設現場のリスク管理や安全性向上といった現場に対するアプローチが不足しているという課題意識を以前から持っていました。最近では、熟練の技術を有する技能労働者の減少や高齢化などを背景に生産性の向上が大きな課題となっています。さらに国土交通省が建設現場の生産性向上を目的とした『i-Construction 構想』を推進するなど、デジタルやテクノロジーを活用したICT 施工が注目されています。当社としてもDX で現場に新たな価値を提供しようと、サービスの開発に着手することにしました」。
※ 1:通信システムを利用して移動体にサービスを提供することの総称で、「遠隔通信(テレコミュニケーション)」と「情報処理(インフォマティックス)」を組み合わせた造語。
※ 2:本サービスのペットネーム( 商品愛称)。Civil Engineering Recorder の略。
東京海上日動火災保険では、新サービスの開発に当たって、土木の建設現場で稼働する建設機械の中心であるバックホウ※3 に注目。その稼働状況の可視化による生産性向上、労働時間危険アラートの搭載による安全性向上、映像データ・位置情報を活用した正確な状況確認を実現することを目指しました。バックホウのドライバーが乗車するキャビン内部にデバイスを設置し、そこから得られるデータから、掘削や旋回、停止などの挙動を検知し、生産性向上や労務管理などに活用しようというものです。
この開発を担った、東京海上グループのIT 戦略を支える東京海上日動システムズ株式会社(東京海上日動システムズ)のデータ活用部 部長兼シニアスペシャリスト 木村 英智氏は、「当初は、どうすれば建設機械という特殊な動作をする機器の挙動を予測し、有用なデータを取得することができるか、手探りの状況でした。そこで、東京海上日動火災保険が貸与する通信機能付きオリジナルドライブレコーダーを活用したテレマティクスサービス『ドライブエージェントパーソナル(DAP)』を開発したメンバーから情報を得たり、建設現場の方から話を聞いたりして検討を重ね、PoC(概念実証)を行った結果、実現可能だという手応えをつかむことができました。とはいえ、全てが初めての経験で、小さなデバイスにディープラーニング(深層学習)の機能を組み込み、間違いなく動くようにすることは困難なミッションでした」と振り返ります。
※ 3:掘削用の建設機械のうち、ショベルをオペレーター側向きに取り付けた油圧ショベル。
バックホウに設置するドライブレコーダー(左上)と、ビューア―画像(下)
リアルタイム挙動検知システム
東京海上日動システムズの開発メンバーの一人、データ活用部 スペシャリストの東川 桂大氏は、「デバイスに深層学習の機能を組み込むことや、プロジェクトのスケジュール管理には特に力を入れました。新型コロナウイルスによる影響で、実際の現場でのテストの機会が限られる中、テストまでに開発過程で明らかになった課題を解決し、有意義なデータを得るための準備を整えるのはハードでしたが、とてもやりがいのある仕事でした」と開発での苦労を語ります。
同じく開発メンバーの東京海上日動システムズ データ活用部 スペシャリストの上野 真優氏は、次のように振り返ります。「建設機器の挙動によってはどうしても学習データが少なく、精度が低い部分が出てきてしまうため、デバイスに搭載したAIが誤判定をした際の影響の最小化に重点を置きました。まずは判定結果を解析し、どのように結果を補正すれば、誤判定の影響を最小化できるかという点に注力しました。次に、今回のサービスでは、誤判定を検知した結果を基にアラートを鳴らす機能が備えられていますが、誤ったアラートが発報されることによる業務影響を最小化するために、どのようなロジックでアラート発報有無を判断すればよいかという点を考慮することに力を入れました」。
試行錯誤を繰り返しながらも、プロジェクトメンバーがそれぞれの技術力やマネジメント力を生かして取り組んだことで、プロジェクトは一歩一歩、着実に進んでいきました。
今回のプロジェクトにおいて、日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ(日本TCS)は、AI を用いた独自の機械学習モデルのアプリケーションモジュール開発を担いました。デバイスから取得した速度・加速度情報などのセンシングデータで建設機械の挙動を把握し、生産性や安全性を向上させるために要となる部分です。木村氏は、「日本TCS の車両系センサーデータ活用の取り組みやシステム開発などに関する技術力への評価に加えて、データサイエンティストの力量もポイントでした」と、パートナー選定の理由を説明。さらに、「プロジェクトが進む中で、われわれの課題をダイレクトにお伝えすると、的確に理解し、スピーディーに課題を解決していただきました」と、プロジェクトでの対応力についても評価いただきました。
本プロジェクトを担当した日本TCS のIoT &デジタルエンジニアリング統括本部シニアデータサイエンティストの三澤 瑠花は、「今回のプロジェクトでは初めて経験することも多く、特に、アンドロイドのOS に時系列を考慮した機械学習モデルを搭載することは大きなチャレンジでした。今回デバイスに搭載したモデルは、昨年初めてグーグルで実装された新しい技術で、現在も開発が進んでおり、事例だけではなく世界的にもドキュメントがそろっていませんでした。しかし、何度も検証を重ね成功につながったことは貴重な経験になりました」と、プロジェクトの難しさを表現します。
プロジェクトを進める中で、デバイスのCPU 使用率高騰という課題に直面した際、三澤の知見が生きたと木村氏は言います。「加速度の傾きを補正する処理を、当初は傾きの角度を算出して処理する『ロドリゲスの回転公式』で計算していたのですが、三澤さんから、計算の負荷を低減するため天文学やロボット工学などの分野で近年応用されている『クォータニオン』を使ってはとの提案があり、それによりCPU 使用率を低減させることができました」(木村氏)。
三澤はCPU 使用率低減のためにもう一つ工夫した点があると言います。「メンテナンス性とCPU の負荷はトレードオフの関係にありますが、最大限メンテナンス性を担保しながらもCPU 負荷が低くなるよう、短期間でアーキテクチャーとコードを何度も変更して検証を行いました」。日本TCS は、三澤のように天文学やロボット工学のバックグラウンドを持つ社員など、多様な人材を抱えています。「IT を生かしてさまざまな分野で課題を解決するわけですから、多様な人材の力は不可欠です。私のように、天文学のバックグラウンドを生かし、コンピューターサイエンスの知識を身に付けることで、さまざまな角度から最適な解決策を提案できるIT 人材となり、お客さまの成長を力強くサポートできるのだと思います」(三澤)。
シーレックの主な特徴
タイトなスケジュールの中、初めての試みが多かった今回のプロジェクトは、無事サービス提供までこぎ着けました。その最大の理由を、プロジェクトに関わった全員が口をそろえて“ コミュニケーション” だと言います。立場の違いは当然あれども、それぞれが同じ目標に向かって意見を交わし、しっかりと分かるようになるまでディスカッションを行ったことが、プロジェクトの大きな推進力になったと言います。今後の展開においても、木村氏からは「機械学習や深層学習などの知識をお互いにぶつけ合い、意見を出し合うことで、より良いもの、オリジナリティーのあるものを作っていけるという感触を持っています」と、コミュニケーションの重要性とともに、日本TCS への期待の言葉がありました。
4 月にサービスを開始した『シーレック/Ci-REC』は大きな反響を呼んでいると言います。伊藤氏は、「建設業界の方々からは、安価なアプローチで生産性の向上に取り組めるデバイスには興味があるので試してみたいといった声をはじめ、お客さまのニーズに応えられるか実験してみたいといった相談を頂いています。ただし、このデバイスだけでは、現場の安全性や生産性の向上に直接はつながらないとも思っています。得られたデータを用いて、機能をどのように拡充していくかなど、今後、さらに強化していきたいと考えています」と語ります。
また奥村氏は、「今回のプロジェクトがゴールではありません。販売チャネルの拡大はもちろん、『dRIVEN』という枠組みの中で、今後も日本TCS の協力の下、今回のデバイスから取得できるさまざまなデータを活用した新たな商品やサービスの開発を通して新たな価値を創っていきたい」と言います。
今回のプロジェクトにおいて、日本TCSは東京海上日動火災保険のお客さまや地域社会の“ いざ” をお守りするというパーパスを実現するため、AI や深層学習に関する技術力や知識を駆使し、専門性の高い人材がプロジェクト成功の一翼を担いました。今後も、グローバルで培った知見や技術力を発揮し、お客さまの新たな価値創造を支援していきます。
伊藤 豪 氏
東京海上日動火災保険株式会社
企業商品業務部
課長代理
奥村 秀太郎 氏
東京海上日動火災保険株式会社
企業商品業務部
課長代理
木村 英智 氏
東京海上日動システムズ株式会社
データ活用部 部長 兼 シニアスペシャリスト
東川 桂大 氏
東京海上日動システムズ株式会社
データ活用部
スペシャリスト
上野 真優 氏
東京海上日動システムズ株式会社
データ活用部
スペシャリスト
三澤 瑠花
日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ株式会社
IoT &デジタルエンジニアリング 統括本部
シニアデータサイエンティスト
東京海上日動火災保険株式会社
設立:1879 年
本社所在地:東京都千代田区
事業内容:損害保険業(各種保険引受・資産の運用)、損害・生命保険業に係る業務の代理・事務の代行、確定拠出年金の運営管理業務、自動車損害賠償保障事業委託業務
※掲載内容は2022年10月時点のものです