アマゾンは、世界最高水準の自動倉庫を約 50 カ所保有しており、その物流センターからは、毎日 1,300 万もの商品が発送されています1。
この物流センターでは、ロボットが棚から商品をピックアップし、倉庫の作業員まで運ぶという、従来とは逆のフローが採用されています。
これらロボットのうちの 400 ~ 500 台が 125,000 平方フィートの広さの倉庫を一斉に動き回りますが、視覚センサーが搭載されているため、互いに衝突したり荷物を落としてしまったりすることはありません2。
センターで活躍するこうしたロボットのおかげで、作業員 1 人当たり1 時間に対応できる荷物の数は、以前は 100 ほどだったのが、300 ~ 400 に増加しました3。
自動倉庫は、企業や国などあらゆる機関が実現した「モノのインターネット化」(Internet of Things:IoT)の技術活用の一例にすぎません。
今やデジタルセンサーは、航空機エンジン、家電から電動歯ブラシ、信号機に至るまで、さまざまな製品に組み込まれています。
大都市では近年、交通量に応じて変わる「スマート」信号機の導入に、20 億ドルが費やされています4。現在、インターネットに接続されている「モノ」の数は 140 億とされています5。この数字は 2015 年の約 3 倍で、2021 年には、さらに 110 億の「モノ」がインターネットにつながると見込まれています6。
一方で、企業は IoT に関する取り組みを進める中で、簡単にその道筋を見失ってしまうリスクがあります。企業が導入する IoT 戦略は、ともすれば戦術に過ぎ、断片的になりがちで、方向性を誤ってしまう可能性があるのです。
その結果、多額の資金を投じても、それに見合う十分な見返りが得られない危険性を負っています。 IoT の取り組みを成功に導くには、明確な戦略が必要です。戦略策定のプロセスは、IoT 技術が自社製品、プロセス、人に関してリアルタイムのインサイトをもたらすこ とで、どのような本質的変化を生み出すかを深く理解することから始めなければなりません。
タタコンサルタンシーサービシズ(TCS)は、IoT 技術が事業にもたらす価値には、四つの重要な柱があると捉えています。
1 新しいデジタルビジネスモデル:
新しいビジネスモデルを導入することで、メーカーは従来の製品販売からサブスクリプション型ビジネスへシフトするだけでなく、製品を手にした顧客が製品のメンテナンスを行い、より効果的に利活用できるようアフターサービスを提供し、料金を申し受けるという、いわゆる製品のサービス化が可能になります。
2 シームレスなカスタマーエクスペリエンス:
主にデジタル技術により、顧客は購入した製品やサービスを利用する際に直面しがちな物流その他のさまざまな課題から解放されます。
3 最適化され、対応力に優れたバリューチェーン:
内部的なボトルネックや外部状況を検知し、問題解決に導く生産・物流体制を設けて、継続的に製品やサービスが流れるよう自動的に調整を行います。
4 生活の質の向上:
建物、工場、製品、人がどのような状況にあるかを監視することで、運営上の安全性向上を図り、生活の質(QOL)をより豊かにします。
IoT 技術を、「モノに命を吹き込む」(Bringing Life to Things)という新たな変革の担い手として捉えるとき、企業は、IoT 技術から最大の価値を手にすることができるのです。
1 The Verge, Jan. 2, 2018. Amazon shipped more than 5 billion items through its Prime program in 2017. Accessed Aug. 18, 2019.
2 Wired magazine article, Inside the Amazon Warehouse Where Human and Machines Become One,” June 5, 2019. Accessed Aug. 13, 2019.
3 The New York Times, “Inside an Amazon Warehouse, Robots’ Ways Rub off on Human,” July 3, 2019. Accessed Aug. 12, 2019.
4 Juniper Research, May 20, 2019. Accessed Aug. 13, 2019.
5 Gartner, as cited in Network World article. Accessed Aug. 13, 2019.
6 Gartner, as cited in TCS 2015 IoT study. Accessed Aug. 13, 2019.
「現実」の世界では今、デジタルと物理的なモノとが、さまざまな形で、有機的に、生き生きと共存しています。物理的なモノにセンサーを取り付け、エコシステムにつなげることで、それらのモノはよりレスポンシブに、綿密に連携し合うようになります。
これにより、エコシステムは成長・発展し、ダイナミックな存在へと変化します。このように、IoT はモノに命を吹き込むことができます。従って、顧客は、物理的なモノとデジタルなインテリジェンスを結ぶことで、つまり人と AI をつなぐことで、潜在性に富んだ、まだ誰も手にしていない、無限の好機をつかみ、加速度的に価値を高め形にすることができるのです。
IoT を取り巻く環境
多くのデジタルワイヤレスセンサーが、製品や建物の壁や工場ラインに埋め込まれたり、日常的に身に着けているデバイス(デジタルリストバンド)や持ち歩いている装置(携帯電話)に組み込まれたりしています。
これは、まさに私たちが IoT 時代に生きていることの証しであり、IoT 技術は、あらゆる面で企業活動にも変化をもたらし始めています。
TCS が、デジタル化を既に実現している欧米企業 1,000 社以上を対象に実施した最近の調査では、IoT 技術がいかに重要であるかが明らかになりました7。
調査対象企業の約 3 分の 2 である 64% が、この 10 年間でデジタルワイヤレスセンサーが事業のデジタルトランスフォーメーション(DX)に及ぼした影響に関し、「非常に大きい」あるいは「大きい」と回答しました。
また、さらに多くの企業(全体の 68%)が、この強い影響が向こう10 年は続くだろうと予測しました。とりわけ、通信、自動車、小売り、消費財の四つの業界は、IoT から最も大きな影響を受けたと報告しています(図 1 参照)。
とはいえ、IoT 技術から大きなリターンを得ることは、多くの企業にとって簡単なことではありません。TCS が欧米の 516 人のマーケティング担当者を対象に実施した最近の調査では、自社製品に組み込まれたデジタルセンサーから取得したデータを活用し、アフターサービスでの顧客とのコミュニケーションをパーソナライズしていると回答したのは、516 人のうちわずか 5 人に 1 人(22%)でした。
他の調査でも、全体的に IoT 技術の活用率が低く、リターンはさらに低いと指摘されています。例えば、マッキンゼー社が 2018 年に実施した調査によると、IoT に関する取り組みを行った企業のうち、パイロット段階以降に進んだ企業は 30% 未満でした。また IoT に関する大規模プログラムを実行し、パイロット段階を終えてから既に十分な時間が経過している 300 企業のうち、15% 以上のコスト削減と増収、またはそのいずれかを達成した企業はわずか 6 分の 1 であったとも報告しています8。
7 TCS 2020 CIO Study. Accessed Aug. 17, 2019.
8 McKinsey article, January 2019. Accessed Aug. 18, 2019.
IoT 技術で大きなリターンを得る
TCS はその豊富な経験から、IoT 投資から大きなリターンを生み出すには、トップダウン戦略が必要であると考えます。その包括的な目標が、技術の獲得というより、ビジネスの具体的で抜本的な改善にあるためです。
IoT から飛躍的な価値、すなわちエクスポネンシャルな価値を引き出そうと努めている企業は、主に四つの分野に集中的に投資しています。それぞれひもといていきましょう。
1. 新しいビジネスモデルをスタート
ロールス・ロイス社やキャタピラー社といった企業は、早くからIoT を導入してきた企業です。ロールス・ロイス社は航空エンジン、キャタピラー社は建設機器という自社製品にワイヤレスセンサーを搭載しています。
IoT 技術により、こうした企業やメーカーは、現場で動いている自社製品の状況を監視することができ、そのため、メンテナンスや修理、交換が必要な際は顧客に通知することができます。
例えば、ロールス・ロイス社では、航空エンジンや衛星通信に搭載しているセンサーを使い、航空機の性能データを収集しています。同社では、「デジタルツイン」(コンピューターで生み出した仮想エンジン)を使って、実際のエンジンから得たデータを基に、仮想エンジン上でパフォーマンスを再現します。
そして仮想エンジンは、人工知能(AI)による分析を行い、稼働状況を見極めたり、メンテナンスが必要になる時期を予測したりします9。
キャタピラー社は、売上高 540 億ドルを誇る世界的メーカーで、稼働中の 85 万台の機械が、センサーや通信ネットワークとデジタルにつながり、稼働状況に関するデータが入手できるようになっています10。
同社では、このデジタル機能を通じて機器の状況を追跡することが、サービス収入を 2016 年の 140 億ドルから 2026 年までに 280 億ドルへと倍増させる鍵になると捉えています11。
自社製品にIoT センサーを取り付けることで、これらのメーカーはビジネスモデルを変えることができます。具体的には、顧客に機器を販売することから、機器を顧客にレンタルする形へシフトするとともに、顧客は製品の使用度合いに応じて料金を支払うという仕組みができます。
将来的には、この新しいビジネスモデルがネットワークでつながったエコシステムモデルに進化していくでしょう。これにより、エコシステムに属する他の企業は、それぞれのメーカーのデータベースから価値を得ることができるようになります。
2. シームレスなカスタマーエクスペリエンスを生み出す
IoT センサーは、これまでにないケイパビリティを企業にもたらします。
それは、顧客のライフサイクル全体にわたり、製品やそれを生産する企業がどのように役立っているかを知ることができる能力です。
故障によるダウンタイムが極小化された状態で、商品が支障なく継続的に動くことを望んでいる顧客は、このケイパビリティを大きなメリットと捉えています。
キャタピラー社12やロールス・ロイス社は、デジタル接続された自社製品が、現場でどのように稼働しているかを把握しています。全体的に見たカスタマーエクスペリエンス(CX)は、製品の購入にとどまらず、広く及ぶことから、これは大きなケイパビリティです。
TCS が 1,010 人の CIO を対象に実施した最近の調査によると、デジタル対応の製品・サービスで成功している企業ほど、そうでない企業よりも、IoT を将来の事業成長を生み出すものと捉えていることがわかりました。
デジタル先進企業の約 61% が、 IoT が企業の成長にとって極めて重要な役割を担っていると考えているのに対し、後発企業の場合、同率はわずか 46% でした。
3. バリューチェーンを最適化する
製品に組み込まれたデジタルセンサーだけが、IoT 技術から価値を生み出すための手段というわけではありません。
企業がこのようなセンサーを製造や流通のプロセスに組み入れることで、サイクルタイム、コスト、品質、およびロス(盗難などによる商品の紛失)発生率が大幅に改善されます。
IoT は、こうしたサプライチェーンにさらなる柔軟性をもたらします。
言い換えると、気候変動や交通障害など、工場から顧客に製品が流れる際に生じる妨げに応じて、 IoT が自動的にサプライチェーンを調整できるということです。
製品のロス発生率の低減は、IoT サプライチェーンで行われている多くの取り組みの中でも特に達成すべき重要な目標です。
例えば、世界の製薬業界は偽造医薬品の数を減らすために「追跡調査」プログラムを導入しています。
フォレスター社は、 2023 年までに、ロス率削減のための取り組みがサプライチェーンにおける IoT 投資の中で最大になると予想するとともに、 2023 年には世界中の企業が IoT プロジェクトに 4,350 億ドルを投じるものと見込んでいます13。
調査会社ガートナー社は、 2023 年までに世界の主要企業の半数以上が、自社のサプライチェーンに IoT センサー、AI、アナリティクスを導入すると予測しています14。
4. 生活の質を向上させる
安全性とセキュリティー強化のため、IoT センサーを工場や流通ネットワークに設置する企業が増えています。これにはもっともな理由があります。
2016 年に米国では、工場で 41 万人以上が負傷、300 人以上が死亡しました15。
また英国では、工場で発生した労働災害により、6 万人が負傷し、19 人が死亡しています。この事実を重く見て、役員会議では、職場の監視と安全が最優先事項となりました。
企業は、工場や倉庫でレーザースキャナーやデジタルセンサーなどのスマートテクノロジーを利用して、ロボットやクレーンをより安全に操作して衝突を防ぎ、その他の労働災害を減らすことにも努めています。
テクノロジーを駆使してトラック運転手や機械オペレーターなどの従業員をモニタリングし、従業員が過労になっていないかどうかを確認している企業もあります。
安全性向上を目的とした IoT の取り組みには、顧客、特に消費者の健康改善にフォーカスしたものもあります。その良い例がプロクター・アンド・ギャンブル社(P&G 社)です。
この大手消費財メーカーは、センサーと AI を搭載したデジタル電動歯ブラシを販売しています。消費者は、この歯ブラシを使用することで、自身が歯ブラシを正しく使っているか知ることができます。
P&G 社は、このケイパビリティが、使用者の口内衛生改善のためにも、50 億ドル規模の「歯磨き市場」における競争力維持のためにも、不可欠だと考えています16。
9 Rolls-Royce web page, accessed Aug. 18, 2019.
10 Caterpillar investor presentation, accessed Aug. 18, 2019.
11 International Industrial Vehicle Technology article, Nov 29, 2018. Accessed Aug. 21, 2019.
12 Forrester data as cited in Supply Chain Dive website. Accessed Aug. 18, 2019.
13 Gartner web page, Dec. 17, 2018. Accessed Aug. 18, 2019.
14 U.S. Bureau of Labor Statistics, as reported in Plant Engineering article, Feb. 13, 2019. Accessed Aug. 18, 2019.
15 P&G web page, accessed Aug. 12, 2019
「モノ」に自己認識力が備わったとき、IoT 技術は最大の価値を発揮する
IoT から価値を生み出すための四つの戦略は、前述の通り企業の製品、生産、流通、カスタマーサービスの運営に大きな影響を及ぼします。
企業がどの程度まで「モノに命を吹き込む」か、つまり、製品、工場、流通業務、カスタマーサポート業務に企業がデジタルインテリジェンスを組み込む度合いに応じて、得られるメリットは拡大していきます(図 3 参照)。
まず、第 1 段階の、基本的な価値について見てみましょう。これは、「ある環境の中でモノをつなげる」ために IoT を活用することを意味し、デジタルセンサーその他の技術を製品、工場、サプライチェーンに導入または組み込むことで、継続的な追跡が可能になり、進行中の作業状況を監視できるというものです。
次の段階では、IoT 技術が生成するデジタルデータを使って予測分析を行うことで、企業にメリットがもたらされます。前述のロールス・ロイス社の航空機用エンジンは、典型的な例です。
同社の「デジタルツイン」仮想エンジンは、航空会社がメンテナンスを行うべきタイミングを予測します。そして、「モノ」が自己認識できるようになったとき、IoT は最大のメリットをもたらします。
これは、IoT を導入した製品やオペレーションが、時には人が介入しなくてもパフォーマンスを自己修正できることを意味します。
前方に取り付けられたセンサーによって自動ブレーキをかける自動車などがこれに該当します。
また、ロボットが他のロボットや人にぶつからずに動き回っている倉庫(例:アマゾンの倉庫)も挙げられます。困難で危険を伴う作業は、自動化された組み立てラインで行い、それ以外の作業を工場の作業員と管理者が実施するという自律型工場の例もあります。これは、まさに命を吹き込む、つまり人間の能力をモノに備えさせるということです。
これにより、企業は飛躍的に価値を生み出すことができます。「モノ」に命を吹き込み、AI と人間の知能を組み合わせて正しい決定を下し、人、プロセス、製品を最適化します。
では、バリューチェーンの中で、IoT の持つ膨大なポテンシャルを確実に引き出すにはどのようにしたらよいでしょうか?
それには、大きく三つの柱を確立する必要があります。
1 垣根の解消:
単に製品にセンサーを組み込むだけでは、顧客の製品をベストな状態に維持するのに必要なデジタル機能の、ほんの一部しかもたらされません。
少なくともサプライヤーデータ、現場の修理データ、そして顧客データが必要です。
例えば、トラックに装着されたタイヤのデジタルセンサーが「低圧」と「パンクの危険性」を警告するフラグを立てたとします。このトラックメーカーは、最寄りのディーラー(場合によってはタイヤメーカー)に対して、トラックのドライバーが修理または交換のために間もなく来訪することを通知する必要があります。
さらに、社内でこの問題に関連するシステム全てが連携していなければなりません。
この例でいうと、タイヤの空気圧が低くなったことで、トラックメーカーは財務記録と顧客 サービス記録を自動的にチェックして、タイヤがまだ保証期間中かどうかを確認する必要があります。
このように、IoT のセンサーが認知した顧客の問題を解決するには、多種多様のデータが必要です。法により規制される場合を除き、社内外の垣根が業務の妨げとなる状況は避けなければなりません。
2 オープンであること:
データ取得と分析、そして自動的に行われるアクションの全てが、迅速かつリアルタイムで行われなくてはなりません。全ての関係者が、顧客に代わって正しい決定を下す必要があります。
そのためには、全員が正しい情報を保持し、それらが適切なタイミングで、適切な関係者に確実に提供されていなければなりません。
このような状況下ならば、関係者がそれぞれの意見を聴取しながら意思決定を行った上で、一部の意思決定は機械に行わせることができます。
3 豊富かつ進化し続けるCX:
IoT 技術の本来の目的は、企業が製品を製造、提供、サポートする方法を劇的に改善し、製品の現場でのパフォーマンスを追跡、改善することです。
顧客が、タイヤ、車、建設機械、エアコンプレッサーを購入するのは、所有する喜びを得るためではありません。製品を使うことによってより良い結果を得ることを望んでいるのです。
例えば、「A 地点から B 地点への移動が楽になる」「穴を掘るのが早くなる」「修理が迅速に行われる」など、CX の改善を求めているのです。
ウーバー・テクノロジーズ社は、顧客が移動手段を瞬時に見つけ出し、利用料金の簡単決済を可能にした企業の典型的な例であり、A 地点から B 地点に移動する際の顧客の手間を取り除くビジネスモデルです。
このように便利な CX を提供するシステムは、進化し続け、次の機会には顧客にさらに有益なサービスを提供できるものでなくてはなりません。