日本企業のSAP R/3やSAP ECCといったSAP社のERPシステム(以下、SAP)にはアドオンが多数見受けられます。それには2つの要因があります。
1つ目は各社におけるSAP導入方針です。かつて日本企業はSAPのR/3やECCを導入する際に、従来のメインフレームベースの基幹系システムの機能をそのままSAPで作りこんできた傾向が強くあります。そして改修の機会がないまま、当時のSAPをずっと使い続けてきました。
2つ目はプロジェクトの進め方の問題です。これまでのSAP導入プロジェクトの多くは、業務部門が自分たちの経験や思いを優先して、現場でシステム要件を決めてきました。経営者は業務部門にプロジェクトを任せ、IT部門やSIerは現場の意向に合わせて、従属的・盲目的にシステムを作って動かしてきたのです。
その結果、標準化されない、環境変化にすぐに対応できない、経営情報が集められない、運用保守に莫大なコストがかかる…など様々な問題を抱えた、自己流のシステムとなってしまいました。そして現在、SAP S/4HANA(以下、S/4HANA)への移行が急務となり、自社のシステムでどう対応するかが大きな問題になっています。TCSへの相談も多数いただいています。
TCSはこれまでのプロジェクト経験やグローバルの先進事例の知見から、S/4HANA導入の構想策定の進め方には5つのポイントがあると考えています(図1)。
今後の取り組みの中で過去の失敗や無駄骨を繰り返さないために、自社に当てはめて一つずつ確認してみてください。
これまでのような、現場任せのシステム作りが失敗だったのは明らかです。
TCSは、いきなり現場の関係者を集めて要件定義プロジェクトを始めるのではなく、まず、経営者が自社の持ちたい能力(ケイパビリティ)を明確にして、関係者へわかりやすく示すことを提言します。
ケイパビリティ(能力)は例えば次のように設定されます。
例えば、出荷3時間前までオーダーを柔軟に変更できるシステムと、オーダー変更は出荷前日までしか受け付けられないシステムでは、求められるシステムの構造や業務運用ルールの要求レベルがまったく異なります。
これまでは、こうした要求レベルや制約事項が現場のユーザー個人の経験やこだわりで設定されていました。そして、それが妥当かどうかを評価する役割もいませんでした。その結果、属人的で近視眼的なシステムばかりが作られることとなったのです。それらは多額のコストを投じたアドオンだらけのシステムとなり、投資と時間の無駄使いを招きました。
これは要件定義を担当したユーザーが悪いのではなく、プロジェクトの進め方自体に問題があったと言えます。このことから、私たちは構想策定の重要性を訴えたいのです。
将来の環境変化に柔軟に対応し競争に勝つ企業戦略を練ることは、経営者の特権であり責任です。ここを社員任せにしないで、経営者自身が、どんなケイパビリティを持ちたいのか、自社をどのレベルへ引き上げたいか、を構想として示すことが最初のステップとなります。ただし、やみくもに高いところ、難しいことを目指すばかりではなく、ここはこの程度で十分、ここは徹底して極める、といった加減も重要となるでしょう。経営者がこうしたケイパビリティの「なぜ」、「何を」、「どれくらい」を明確に示すことで、現場の人間は達成すべき目標レベルを理解し、その実現方法を考え始めるようになります。
また、ケイパビリティは関係する部門間の合意形成にも有効です。例えば、生産部門と販売部門は、安全在庫基準の考え方や生産計画の確定期間、などそれぞれの考えが拮抗するところが多いものですが、ケイパビリティがこうした業務ルールやレベル感の合意形成をするための拠り所になります。
ケイパビリティを議論する際には、外部のコンサルタントの支援も有効です。コンサルタントは、クライアント企業のしがらみや経験に縛られず、専門家としての見識に基づいてTo-Beプロセスのイメージを描き、最新のIT技術(クラウドソリューション、RPAなど)を活用した改革施策の叩き台を作ります。経営者の思考の奥行きを深め、検討の時間を短縮するため、外部の専門家の助言は使いようです。
経営者からケイパビリティが提示されたら、それを実現するためのTo-Beの業務プロセスを検討します。ここで標準化の議論となります。標準化とは、属人化を解消するために、組織や人によって手順が異なっている業務を整理し、最適な手順に沿って徹底させることです。
一般的な日本企業では、自社、自社グループに様々な事業、製品、拠点がある場合、そのバラエティの分だけ個別業務プロセスやルールが存在することが多いです。そうした企業でよくある失敗例は、いきなり個別の調査や議論に入ってしまい、各所から様々な経緯や事情を散々聞かされてしまうことです。結果として、標準化は難しいですね、となってしまうのです。
TCSは、こうした個別の調査や議論を開始する前に、プロジェクトが自社の業務のオペレーションモデルを単純に類型化することが、成功のポイントだと考えています。そして、そのオペレーションモデルに対して、各事業や各拠点がどれに当てはまるか、どれに寄せられそうかを議論していくことが、効率的な進め方です。当てはめる際には100点を求めません。60点程度でもこのモデルで行けそうだと決めていきます。かなり割り切った判断も必要となりますが、このタイミングで標準化の議論をしておかなければ、後からは出来なくなってしまいます。
ここで言うオペレーションモデルとは、自社の提供価値、収益構造、業務分類などの括りで捉えた考え方のことで、例えば、モノ売りとサービス提供ではオペレーションモデルは異なります。とは言え、大きく括ればモノ売りであっても、ビジネスの特性の違いを考慮する必要があります。事業の成熟度、販売や生産のリードタイム、受注設計や量産品などの生産方式などにより、SCM領域のオペレーションモデルはいくつかのパターンができるでしょう。ただし、なるべく特殊なパターンは作らないこと。標準化はこの見極めが重要です。一方、経理や人事のように、どこでも同じルールで仕事をするバックオフィス領域は、一つのオペレーションモデルにするべきです。(図2)
こうしてまとめられた結果、「経理標準モデル」、「人事標準モデル」、「生産販売のタイプ1モデル」、「生産販売のタイプ2モデル」、のようなオペレーションモデルができあがります。このモデルが20も30もできるようでは細かすぎます。私の経験では、全体で6、7種類くらいの粒度がよいと考えます。このオペレーションモデルを合意形成することが、標準化のスタートとなります。細かい議論はそれからです。
ECCからS/4HANAへ進化する際に、新たに追加あるいは改善された機能がいくつかあります。S/4HANAの導入では、これらの論点を早い段階で確認し、自社の方針を決める必要があります。
以下に代表的なものをご紹介します。
こうしたS/4HANAの特徴を踏まえた議論を行い、自社の方針を決めておくことで、後続の要件定義フェーズの推進がスムーズになります。これらの論点をよく理解しているパートナーと組むことが、何より重要なポイントとなります。
次にオペレーションモデルに沿って、システム実現方法を設計します。
まずシステム配置図から考えるとわかりやすいです。
などの配置と機能分担を大まかに考えていきます。並行して、WinActor®のようなRPAを使ったオペレーションの効率化や、ビジネスプロセスアウトソーシングを活用した業務自体の外出しも考えます。こうした議論の結果を、システム配置図の新旧版と、その遷移イメージとしてまとめます。これで、システムスコープの見極めが完了です。(図3)
続いて、S/4HANA導入をストレートコンバージョンで行うか、リビルドするかの方針を決め、予算化を進めます。ストレートコンバージョン(BrownField)の場合は、既存ECCのシステム情報をインプットに、分析ツールを使って、ユニコード化やアドオン改修などに必要な工数と費用を見積もるサービスの利用が効果的です。TCSもこのサービスを提供しています。
一方、リビルド(GreenField)はスクラッチ開発に近い見積り手法となるため、構想策定の段階でどこまで精緻に見積もるかが問題です。まだ、業務プロセスの数やアドオンの種類、難易度を詳細に整理していない状態であれば、自社と同じような構成、規模の事例を収集し、参考情報として取り扱うことになるでしょう。もう一歩進んで、To-Be業務プロセスフローやTo-Be機能一覧を作っているプロジェクトでは、S/4HANAとのFit/Gapアセスメントを行うことで、アドオン開発部分のより精緻な見積もりが可能になります。要件定義や統合テスト、移行などの費用は、テスト方針、ユーザートレーニング方針、データ移行方針、インターフェース方針、といった各種方針に従って、プロジェクトの全体感を見ながら見積もることが可能です。
近年のS/4HANA導入プロジェクトでは、前述のシステム配置図(図3)の通り、周辺ソリューションの導入や、非SAPシステムのモダナイゼーションを伴うことが多くあります。そのため、S/4HANAだけではなく、システム全体の進め方と予算を検討する必要があります。また、構想策定の検討体制もSAP部隊だけでは済まないことに注意してください。
S/4HANA導入はシステムサポート期限を理由としたリプレースであると位置付けている企業が多く見受けられます。ともすれば、システムリプレースして継続して安定稼働させることが、プロジェクト自体の目的になってしまっています。そうしたプロジェクトでは、運用コストの低減など、システム面の期待効果しか出てこないのではないでしょうか。
これは目的と手段をはき違えています。SAP S/4HANA導入は手段であり、本質的な目的は、新しい技術を活用して業務やルールを変革することで、ビジネス効果を創出することです。そのために、ケイパビリティ、標準化、といった議論が重要なのです。
ビジネス面の期待効果は様々です。
など、取り組みの数だけビジネス効果があります。これらの効果は、To-Be業務プロセスを議論する際に整理した改革施策から、ビジネスケースのシナリオを作って算定することができます。こうした議論を業務部門と一緒に徹底しておこなうことが、何より成功の鍵となります。
以上5つのポイントをご紹介しました。
貴社の取り組みの中で不足しているところはありましたでしょうか。
TCSは本稿の内容を含め、幅広いサービスを提供し、S/4HANA導入を進める企業を支援しております。
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※掲載内容は2020年11月時点のものです。