日本企業においても DX やデータ活用に伴うクラウド利用が進み、想定外のコストがかさむ、支出パニックと呼ばれる現象が発生しています。しかし、クラウドによる高速なビジネススピードを手にしてしまった今、オンプレミスに回帰するという選択肢は現実的ではありません。
単純な IT コスト削減でビジネスに対してブレーキをかけるのではなく、 クラウドの価値を最大化しながら費用を管理する 「FinOps」 というプラクティスが国内でも認知されつつあります。本稿では、日本企業が効果的に FinOps を導入する方法として プラットフォームエンジニアリングを活用した技術先行型の導入手法を提案します。
日本企業のクラウドシフトが落ち着きを見せ、オンプレミス基盤とのリバランスを行う企業も増えています。しかし、多くの企業は クラウドの持つ柔軟性を手放すことはなく、依然としてクラウド活用を第一の選択肢としています [1]。
また、顧客価値の迅速な提供を目指した内製化の動きも活発化しており [2]、ビジネスの速度に合わせた迅速なソフトウェアのリリースにはクラウドのスピード感が不可欠です。
さらに、近年導入が進んでいる AI ソリューションでは、クラウドの持つスケーラビリティやエコシステムを活用する必要があります[3]。
国際的には、クラウド費用のマネジメントについて、多くの企業が課題を抱えており、コスト管理に取り組んでいます [4]。
特に日本企業では、クラウド移行をベンダーに丸投げした結果、単純なリホストを選択してしまうことが多く、問題を大きくしています。リホスト戦略では、オンプレミス同様の非効率性をクラウドに持ち込むため、コスト効率が悪いとされています[5]。クラウド費用は データ転送(エグレストラフィック) に高額な料金が設定されることも多く、データグラビティを考えないリホストはコスト増大だけでなくユーザーエクスペリエンスの悪化や、収益への悪影響 も懸念されます。
近い将来のことに目を向ければ AI や機械学習、ブロックチェーンなどの高負荷ソリューションがビジネスで重要な役割を果たし始めていることも見逃せません。これらのソリューションはコンピューティングのコストが大きく、最適なリソースタイプの選択が必要です。
FinOps とは、FinOps Foundation によって定式化された手法で、単なるコスト削減ではなく、ビジネスにおけるクラウドの価値を最大化するためのフレームワークおよび文化的なプラクティスの体系です[6]。近年、クラウド投資への課題感から北米を中心に認知が拡大しており[7]、国際的にも半数近くの企業がなんらかの FinOps 関連のツールを導入しています[4]。
次のセクションでは FinOps の概要とメリット、日本企業における認知と導入状況、導入に向けた課題について解説します。
FinOpsとはFinance(ファイナンス)とDevOps(デブオプス)を組み合わせた言葉で、アプリケーションのビジネス価値を漸進的に向上していく活動を指します。この活動は、ビジネス、ファイナンス、エンジニアリングの3部門が協力した反復的アプローチにより、迅速な価値向上を目指すことから DevOps と似た性質を持っているとされています。
FinOpsフレームワークには次の6つのコンポーネントがあります[8]。中でも、「原則」におけるビジネス、ファイナンス、エンジニアリングの3部門の協力が重視されています。
FinOps のメリットは図に示すようにすべての関係者にとって有益です[9]。最終的には、アプリケーションのコストやパフォーマンスを細かくモニタリングし、構成する各要素を効率化することで、製造業における ABM (Activity Based Management) を彷彿させるデータ駆動型の意思決定や迅速な改善が可能になります。
多くの日本企業は、クラウドの費用に課題意識をもっていますが、FinOpsの実践状況は低く[10,11]、FinOpsのコミュニティにおけるプレゼンスも高くありません[7]。
第一の原因は、ITをビジネスの収益拡大に活用する「攻めのIT」としての意識の低さにあります。FinOpsは関係者 のコラボレーションが前提とされており 、単にITコストの削減を目指す姿勢とは 相性が悪いと考えられます。
第二に、ファイナンス部門とエンジニアリング部門のタイムスケールのずれが挙げられます。日本企業においてファイナンスは「財務会計」のことを指し、決算や予算に関わる期初期末の活動が中心です。一方、FinOpsでのファイナンスとは ITが生み出す収益をリアルタイムでモニタリングする「管理会計」あるいは「コーポレートファイナンス」であり、日本企業のファイナンス部門ではこの視点が薄く、エンジニアリング部門の活動を十分に把握できていない可能性があります。
最後に、エンジニアリング部門においてビジネスに紐づいたオブザーバビリティが希薄であるという点が挙げられます。例えば、どのFaaS(Function as a Service)関数がどれだけの収益を生み出し、どの程度のコストを消費しているか、といったビジネス上のインサイトを得るための情報を十分に収集できていない可能性があります。このことにより、エンジニアリング部門がビジネスの意思決定に積極的に関与することが難しくなり、データに基づいた意思決定ができなくなります。
次のセクションでは、こうした問題を克服し、FinOpsをより低リスクで導入するための方策を提案します。
ビジネス部門とファイナンス部門、エンジニアリング部門のコラボレーションが必要とされるFinOpsの導入には、トップダウンの戦略策定が必要と考えられます。しかし、これまで社内のアプリケーション管理をベンダーに任せきりにしていた日本企業では「そもそも今どうなっているのか」という現状を十分に把握しておらず、トップダウンで戦略を立てるための情報が不足している、というのが実態ではないでしょうか。
そこで、初期プロセスとしてエンジニアリング部門先行でアプリケーションのモニタリングを行い、得られたデータを用いてコスト改善のサイクルを回します。次に、モニタリングツールから得たデータを解析し、ファイナンスやビジネス部門でも理解できるレポートを作成します。このレポートには、アプリケーションコストとクラウドリソースの関係だけでなく、ビジネス上のKPIとの関連も示す必要があります。最終的には、ビジネス部門やファイナンス部門もアプリケーションの意思決定に参加できるようになり、FinOpsの原則である関係者の協力を実現することが期待できます。
このようなエンジニアリング部門先行でのFinOps導入を実現するためには、どのようなスキル、プロセス、ツールを準備すればよいのでしょうか。おそらく、一方的にツールを押し付けただけではエンジニアリング部門の抵抗にあい、活動が形骸化してしまうでしょう。
そこで、FinOps の原則である中心となるチーム(以下 FinOps チーム)に加えて、Platform チームを組閣し技術的な支援を行います。このチームはプラットフォームエンジニアリングのベストプラクティスに従いFinOpsのツールをエンジニアリング部門に提供します。
プラットフォームエンジニアリングとは、さまざまなツールやテンプレート、ワークフローの提供を通じて、開発者の生産性を向上させるための活動です。Platformチームは、この活動の中でFinOpsのツールを提供することで、エンジニアリング部門のFinOps導入負荷を軽減します。
各チームの具体的な役割は次のとおりです。
この2チームが、アプリケーションとビジネスの最適化を目指すプロセスを支援することで、クラウドのさらなる効率的な活用を追求します。
特に注意すべきは、ツールを導入しただけで満足し、エンジニアリング部門とビジネス部門やファイナンス部門の協力関係が改善しない問題です。これは世界的な問題で、多くの企業が FinOpsツールの出力するデータをビジネスに活かせていない、というレポートもあります[12]。
国際的な傾向として、FinOpsのモニタリングやツール導入は手動で行われている割合が多く、自動化の重要性が認識されています[13]。継続的な改善を素早く行うためには、クラウドの設定変更や最適化をより少ない労力で行う必要があり、将来的にはパイプライン化や自動化の推進が必要です。
国際的なトレンドとして、FinOps の対象は通常のコンピュートインスタンスが主流となっており、AI, ML, Kubernetes, FaaSの効率化はあまり進んでいない傾向があります[9]。AI, MLを自社でファインチューニングする企業では、そのコストは莫大なものになる可能性があり、FinOps による最適化の重要性が増しています。
参考文献
[1] "Gartner、2024年に向けて日本企業が押さえておくべきクラウド・コンピューティングのトレンドを発表",Gartner, 2023/11/15
[2]"Gartner、日本におけるソフトウェア開発の内製化に関する調査結果を発表", Gartner, 2023/1/18
[3] AI:戦略策定から実行まで CEOのための指針, TCS, 2024
[4] Cloud computing trends: Flexera 2024 State of the Cloud Report, Flexera, 2024
[5] What causes poor cloud ROI — and how to fix it, thoughtworks
[6] Advancing the People of FinOps, FinOpesFoundation
[7] State of FinOps ’24: Top Priorities Shift to Reducing Waste and Managing Commitments, FinOps Foundation
[8] Framwork, FinOpsFoundation
[9] Adopting FinOps , FinOpsFoundation
[10]ITインフラ運用の外部委託が急増か、FinOpsなどにも高い関心--IDC調査, ZDNetJapan,2023/12/14
[11] AIOpsとFinOpsの国内動向調査結果を発表,IDC,2023/4/10 [12]The FinOps way: How to avoid the pitfalls to realizing cloud’s value, MckinseyDigital
[13] State of FinOps, FinOpsFoundation