非連続的な市場環境の変化や、破壊的技術革新の出現、グローバル化のさらなる進展等を背景として日本企業は継続的な変革の必要性に迫られている。結果として基幹系システムの更新であれ、BPRであれ、はたまた事業再編やM&Aであれ、日本企業が継続的に、場合によっては同時並行的に変革プロジェクトを推進することはもはや常態化しているといっていい。
そんな中で見過ごされがちなのがOrganization Change Management(OCM:組織チェンジマネジメント)の存在である。OCMは変革における「人」の側面に焦点を当てている。プロジェクトの成功は単に改革施策の実行が完遂されればもたらされるわけではなく、新しい制度やプロセスを実際に活用する社員がそれらを受け容れ自発的に順応してゆくことが必要だからである。
さて、以下に紹介する記事はTCSのM&AサービスチームがOCMの重要性についてM&Aの統合プロセスに絡めて触れたものである。読者の皆様が何かのプロジェクトにかかわっておられるのであれば、それがたとえM&A関連でなくてもOCMの意味、必要性について理解する一助となると思われる。
全てのM&Aは課題ばかりです。一般的なM&Aは、案件の開始から終了までのタイトな日程の中進みますし、組織内のあらゆる階層で変化に対する抵抗が生まれます。M&Aで狙う目標も達成は常に危ういですし、逆にM&Aの結果としてパフォーマンスや生産性が下がってしまうこともあるかもしれません。
これまでM&Aに関わる組織のリーダー達は、業務運用やITインフラストラクチャなど、M&Aにおける仕組みの面を重要視してきました。M&Aの経験を持つ熟練したリーダー達は、プログラムの具体的な側面について確実に評価し、価値換算することもできますが、一方でM&Aにおいては人と文化の要素も見落とせません。M&Aの成功には、量的側面(財務の側面)と質的側面(人の側面)の両方の結果が揃わなくてはなりません。
リーダー達が、質的側面への対応において後手を踏まないためにはチェンジマネジメントを用いて、キーとなる人材やそして企業文化の重要性に配慮する必要があり、まさにこれこそがM&Aの成功を導くために不可欠な要素なのです。
この失敗の理由は何でしょうか? 失敗の理由は大抵の場合、合併するふたつの組織の相容れない文化、不適切な管理スタイル、モチベーションの低さ、キー人材の喪失、コミュニケーションの欠如、信頼の低下、不明瞭な長期的目標など、人事関連の要因にあります。
Day 1(合併日)に向けた準備の厳しいスケジュールの中でM&Aの成功をより大きくするためには、適切に設計されたチェンジマネジメント計画が必要です。チェンジマネジメントとは合併する双方の組織のメンバーが、企業文化も含めて経験する変化に対して心の準備をし、変化を受け容れてゆくプロセスです。また、チェンジマネジメントはM&Aを行うリーダー陣に可視化しにくいM&Aの心理的な側面に対して現実的なベンチマークを提供し、どの程度の確率でM&Aの成果を実現できそうなのか見極める支援にもなります。
大きな企業になればなるほど、M&Aに関わる機会も多くなるでしょう。リーダーは、それぞれのM&Aで狙った成果を達成するために明確なゴールを持ちつつも柔軟なチェンジマネジメントを展開する必要があります。多くの場合、M&Aのチェンジマネジメントは、単にコミュニケーション計画があるだけというケースがほとんどであり、対応するメンバーも自社内だけでまかなわれ、M&Aに関わる個々のプロジェクトチームと事業部門の中で縦割り的に行われます。
チェンジマネジメントを担うチームは、チェンジマネジメントの計画に沿ってM&Aのさまざまなフェーズで、細かく役割を変えながら役割を果たします。チームの目標は一貫して、”期待される価値を実現するために、M&Aのすべての工程においてチェンジマネジメント戦略がどのくらい効果を上げているかを評価し、関係者たちと継続的にビジョンを共有、コミュニケーションをとり、必要であればしっかりとサポートを提供する”というものです。(図1を参照) 。
Prosci調査では、回答者の85%が従業員エンゲージメントについて何らかの測定を行っているが、「定期的に」行っているのは半数に満たないことを示しています。チェンジマネジメントチームは、組織の変革をリードするリーダー自身がM&Aの過程により深く関与し、従業員のM&Aに対する納得度を正確に評価し、測定できるように支援します。たとえば、コミュニケーション戦略/計画には、個人の主張 の強さ(ある個人が自分の要望や利益をどの程度他者に主張するかの程度) など、個々の関係者ごとに異なるような側面も含める必要があります。こうした分析を行ったり、それに基づいたアプローチを計画、実行したりする場合において、チェンジマネジメントチームはリーダーの戦略的アドバイザーとして機能します。
チェンジマネジメントチームがM&A成功のために利用する、組織チェンジマネジメント (OCM) Day1(合併日)準備プレイブックにある5つの基本的要素を見てみましょう。
経験豊富なリーダーは、M&Aにおける企業文化や組織構成の変化を通じて組織を新しい形にうまく導いてゆくためにチェンジマネジメントフレームワークが果たす役割をよく理解しています。彼らは、個々のM&Aに合わせてカスタマイズされたチェンジマネジメントプログラムを積極的に使って、統合がよりうまく進むことでM&Aのと成果がより大きなものになるよう工夫しています。OCMは、経験豊富なリーダーにM&Aの成功に対する確信をもたらし、M&Aの目標である成果もたらします。
冒頭紹介したように、変革はそれを実行する「人」に受け入れられて初めて機能するという点を鑑みるとOCMはいかなる変革においても重要である。慣れ親しんだ業務のやり方の変更、これまでと異なるKPIなど評価の仕組み、プロセス変更に伴う自らのポジションに関する危機感など変革の過程には抵抗を正当化するに十分なありとあらゆる要素に満ちている。こうした変革に対する従業員の心理的ハードルを、完全でないにせよある程度解消し、変革に対して前向きになってもらうことがOCMの狙いである。従業員が変革に対して前向きになることによってはじめて机上で計算された変革のベネフィットが発揮される前提が整うからである。
特に日本においては次の2点においてよりOCMが重要である。1点目にまず日本では一企業に勤める期間が諸外国と比べて長い傾向*があり、固定化された企業文化や業務プロセスが深く染みついていることを考慮する必要がある。決まった考え方、やり方を長期間続けてきた場合、こうした変化に対する抵抗はより大きくなる。2点目にこれもまた日本企業の特徴としてトップダウンの号令のみでは組織が動かないことが挙げられる。現場レベルでのKAIZEN(改善)活動などが自主的に実践されている例にみられるようにボトムアップでの活動がそれなりの重要度をもつ企業においては特に、トップダウンでの指示が現場での抵抗(あからさまな抵抗だけでなく、消極的なサボタージュも含む)によって遅くなる、履行されないといった事象が起こらないよう十分な事前の手当てが必要になる。
*出典厚生労働省のデータブック国際労働比較2023第 3-13-2 表 性別・年齢階級別勤続年数
日本企業にとって変革が今後も成長の不可欠要素である現状において、そうした変革を取り仕切るリーダーにはOCMが計画の基礎的な要素であることを是非認識いただき、その重要性に再度目を向けていただくことを期待したい。