今日、コネクテッド製品とサービスは、製造業にビジネスモデルと機能の変革をもたらすトリガーとなっています。この改革は、デジタルスレッドなどのフレームワークと、ビッグデータやIoT(モノのインターネット)といったテクノロジーによって可能になります。これらのテクノロジーは、企業の製品ライフサイクル全体で生成、利用および参照される豊富なデータを活用することによって、ものづくりのあり方を変えていくのです。
しかし、デジタルスレッドが有用であると分かっていても、プロセス全体に対して適用するには多額の先行投資が必要です。企業はデジタルスレッドの代わりに、従来の手法によるシステム統合を選択する場合がありますが、この方法はサイロ化された基幹システムを接続するだけであり、必ずしも望ましい効果をもたらすとは限りません。複雑な製品エコシステム、柔軟性のないテクノロジースタック(改良に多大なコストがかかる旧式の技術による停滞)、硬直したビジネスプロセスと慣行、および企業内の力関係により、効果的なデジタルスレッドを構築し、意図したビジネス上のメリットを実現することが困難になっています。従って、製造業にとって、自社組織が置かれた状況の中でデジタルスレッドが何を意味するかを理解することが最も重要です。
本ホワイトペーパーでは、成功するデジタルスレッドを構築するための主要な構成要素、最大のビジネス価値を引き出すための適切なモデル、およびデジタルスレッドを正常に実装するための企業の成熟度について説明します。
デジタルスレッドは、アセットのデータフローを接続し、製品ライフサイクル全体1でそれらアセットを一つにまとめたデータ(デジタルツイン)の統合ビューを提供する通信フレームワークです。
デジタルスレッドにより、製品ライフサイクル全体でシームレスなデータの連続性とデータの相互運用性が実現し、適切なビジネスユースケースを構成できるため、ビジネスの洞察が得られます1。さらに、ビッグデータやIoTと組み合わせて使用することで、デジタルスレッドは、メーカーが利用可能な豊富なデータからインテリジェントな洞察を導き出すのに役立ちます。製造業における推定によると、デジタルスレッドは、作業サイクルタイムを75%短縮し、業界全体で年間300億ドルの節約をもたらすことができます2。さらに、データに基づく意思決定や共有仮想環境での作業が急増するCOVID-19のような状況では特に重要です。デジタルスレッドの4つの主要な構成要素を以下に説明します(図1参照)。
[1] CIMdata; Managing the Digital Thread in Global Value Chains (Commentary); February 18,2020;
1. バリューチェーン全体でモデルベース手法に移行する
デジタルスレッドを実装すると、製造工程のさまざまな機能間で情報を取得および交換する方法が根本的に変わります。ただし、ほとんどの企業は依然として情報交換の媒体として紙にせよ、電子ファイルにせよ文書を使用しています。これにより、情報やデータの再利用と追跡が困難になっています。情報をモデルの形に集約した、データ駆動型のモデルベースの企業に変革することは、企業が自身のデータから洞察を引き出すのに役立ちます。MBSE(モデルベースシステムエンジニアリング)の実践は、複雑な製品ライフサイクル環境全体でトレーサビリティーを実現するために重要です。
2. フォワード・コネクトとクローズドループフィードバックの有効化
フォワード・コネクト(正順連携)とクローズドループフィードバック(逆順連携)を使用したエンドツーエンドのデータ通信に基づく適切なビジネスユースケースで構成されていないと、デジタルスレッドは機能しません。フォワード・コネクトは、プロセスとデータを接続することにより、製品企画から設計、製造計画、生産とサービスに至るまでトレーサビリティーを可能にします。たとえば設計は、製造、品質保証、およびサービスのライフサイクルフェーズに長期的な影響を与える可能性があります。クローズドループフィードバックフレームワークは、下流から上流への接続を保証し、下流のバリューチェーンからの情報が上流のバリューチェーンにフィードバックを提供できるようにします。たとえば、現場から上がってくる製品評価を新製品開発サイクルに反映することで、企業は製品やサービスを革新および改善できます。
3. スマート・コネクテッド・イノベーションプラットフォームの導入
一般的に企業には、バリューチェーン全体で製品データとビジネス情報を管理するための複数のツールとアプリケーションがあります。したがって、デジタルスレッドアーキテクチャーを整合性を持って構築することは容易ではありません。バリューチェーン全体でデータの連続性を維持し、データの相互運用性を促進することのできるプラットフォームに統合することが必要です。そのためにビジネスアーキテクチャー(ビジネスに必要なものや仕組みのフレームワーク)は、企業内に存在するさまざまなエコシステムに基づいて設計する必要があります。たとえば、製品ライフサイクル管理(PLM)は、複数のシステムやプラットフォームにまたがって実行できる、デジタルスレッドを活用するためのイノベーションおよび統合プラットフォームとして機能します。
4. 分析を通じて状況に応じたビジネス洞察を提供する
デジタルスレッドは各機能を接続し、バリューチェーン全体の情報フローを可能にします。その真のメリットは、さまざまなプロセスや機能にわたって取得された情報から洞察を引き出すことにあります。たとえば、サービス領域の機能を通じて取得された品質保証に関する情報は、設計エンジニアが有意義な洞察を得るために利用できます。企業はデジタルスレッドの主要な構成要素を採用すると共に、データガバナンス、データ品質、コアビジネスプロセス、エンタープライズシステムの特性などの基本的な要素も考慮する必要があります。
デジタルスレッドは、主要な構成要素をそのまま維持しながら、異なる規模とデータモデルで展開できます。ただし、初期段階でデジタルスレッドをバリューチェーン全体で利用する必要はありません。これは、莫大な先行投資が発生するためです。ビジネス価値のフレームワーク(図2参照)を持つことは、メーカーがビジネス価値の最大化のために最適な移行期間と適切な規模でデジタルスレッドを実装する上で最適な戦略を立案するのに役立ちます。
たとえば、企業は、アプリケーションライフサイクル管理(ALM)、製品データ管理(PDM)、およびエンタープライズリソースプランニング(ERP)の統合プラットフォームとしてPLMを活用して、企業全体の転換をもたらし、製品構成管理を行うことで、デジタルスレッドを活用できます。航空機メーカーの例では、PLMをイノベーションプラットフォームとして使用することでデジタルスレッドを展開できます。このプラットフォームは、すべての主要な設計およびエンジニアリングアプリケーションを組込み、製造オペレーション管理と双方向のインターフェースを実現します。このようなプラットフォームにより、製品構造の同期、コンカレント製造プロセスのデザイン、視覚的なモックアップを使用したコネクテッド製造オペレーションなど、考えられるすべてのシナリオで、エンジニアリングから製造までのシームレスな部品情報の連続性の実現が可能です。産業機器メーカーは、PLMをIoTと統合して、データと納入時部品構成(As-Installed BOM)を管理しています。このような統合は、これらの企業がサービスベースのビジネスモデルを開発するのに役立ちます。
デジタルスレッドはまた、特にCOVID-19によって引き起こされる混乱の最中およびその後に、企業を回復力のあるものにします。製品開発とバリューチェーンの維持に関与するステークホルダーは、デジタルスレッドによって可能になる製品ライフサイクル全体の情報フローを使用して効果的にコラボレーションできます。
モデルベースのアプローチを使用したデジタルスレッドの実装を成功させることは、企業がデジタルツインを実現するために不可欠です。デジタルツインは、物理的な製品の動作を厳密に再現し、企業が新しいビジネスモデルをうまく適応させる可能性を開きます。
企業は、ビジネス環境を超えて、より大きなエコシステムを活用することにより、デジタルスレッドからより大きなビジネス価値を引き出すことができます。
デジタルスレッドを介してビジネス価値を提供することは、企業の成熟度にも依存します。これは、想定されるビジネスユースケースとロードマップに従って、規模とモデルの観点からデジタルスレッドの現状と目指すゴールの状態とを定義することで評価できます。また、企業のデジタルトランスフォーメーションを成功させるには、人、プロセス、テクノロジー、データなどの主要な構成要素と基本要素を確保することも重要です(図3参照)。
デジタルスレッドの採用に関して成熟度の高い企業は、パートナーとのエコシステムを構築して、エンドユーザーに飛躍的な価値を生み出すと同時に、エコシステム自体にも高いビジネス価値を付加することができます。
デジタルスレッドは、戦略的ビジョン、現状認識、および目指すゴールの状態の定義を適切に組み合わせて実装すると、企業にとって大きな価値を引き出すことができます。適切なデータ通信フレームワークを採用することで、企業はデジタルスレッドを迅速に採用できるだけでなく、より大規模なエコシステムパートナーとの統合を拡張し、将来のビジネスモデルを開発することもできます。
また、デジタルスレッドは、データ通信フレームワークの所有権の考え方を変え、システムとテクノロジーのインテグレーターおよびサービスプロバイダーがデータの収益化とデータガバナンスにおいて役割を果たすことを可能にします。
したがって、デジタルスレッドの実装が正しく行われると、メーカーからサービスプロバイダーに至るまで、バリューストリーム全体でビジネスモデルを変革させる十分な可能性を製造企業にもたらし、最終的には企業とその顧客に飛躍的な価値を生み出します。
略語:用語
ALM:Application Lifecycle Management(アプリケーションライフサイクル管理)
ERP:Enterprise Resource Planning(エンタープライズリソースプランニング)
MBSE:Model-Based Systems Engineering(モデルベースシステムズエンジニアリング)
PDM:Product Data Management(製品データ管理)
PLM:Product Lifecycle Management(製品ライフサイクル管理)
RFLP:Requirements, Functional, Logical, Physical(要求、機能、論理、物理:システムの仕様詳細化の順序)
※ 掲載内容は2022年6月時点のものです