人間と機械の間の伝達は、最近まで非自然的なインターフェースを通じて行われていました。50年以上の間、キーボードが人間と機械の橋渡しを行い、そして後にはマウスが加わりました。タイプ、クリック、ドラッグ、ドロップ、スクロールする、といったアクションで意思を伝えたのです。スマートフォンやタブレットが登場した現在では、画面をタッチし、スワイプし、ピンチします。じきにスクリーンを重視したインターフェースから、空間的コンテクストを持った、スクリーンへの依存度が低いインターフェースへと移行していくでしょう。こうした伝達形態の変化を受けて、私たちは今、自然言語と機械知能を組み合わせた対話型体験が生まれつつあるのを目の当たりにしています。MIT Technology Review誌は対話型インターフェースを「2016年の画期的な技術の一つ」と評しています。対話型インターフェースにはテキスト、スピーチ、グラフィックス、ハプティクス(触覚技術)、ジェスチャーなど、幅広い分野の技術が使われています。テキストベースの対話型システム、いわゆる「チャットボット」は、人間のようなサポートサービスを顧客に提供するなど、その活躍の場が広がりつつあります。
対話型体験は非同期かつスピーディ、低労力の技術で実現できます。人と人、人とシステム、そしてシステム間の環境で機能し、全てのデータをアルゴリズムによって体系化し整理します。また、スナップチャットをはじめ、音声やAR(拡張現実)、VR(バーチャルリアリティー)のインターフェースから進化した新たな意思疎通方法が生まれてきたことを考慮すると、デジタル対話も静的でテキストを軸としたものから、モバイルでビジュアルを中心としたものへと変わってきているといえます。人間にとっては、対話はドロップダウンから選択したりアプリを操作したりするよりも自然な動作です。カスタマーサポートを行うコンタクトセンターには高い維持費がかかりますが、顧客向けのセルフサービスを採用する必要のある企業にとって、チャットボットはパーソナライズされた対話型のサービスを提供するための選択肢の一つといえるでしょう。
技術的には、チャットボットの作成はそれほど難しくはありません。多くの業者からフレームワークやAPIが提供されています。GIFや映像、ステッカー、絵文字などをふんだんに交えた対話も可能です。絵文字は視覚的に情報を伝える方法として1990年代に日本で登場し、新たな言語になりつつあります。重要なのは、ボットがエンドユーザーにどのような場面でどのように使用されるのかを理解し、それに合わせてボットをトレーニングすることです。現時点では、チャットボットを汎用AIエージェントとしては扱わず、特定の目的の範囲内において対話する役割にとどめるのがよいでしょう。あとはその目的にかなう精度に達するまで、トレーニングを施せばよいのです。
カスタマーサポートを補助するボットの存在はよく知られていますが、企業の内部においても同様の役割が期待できます。ボットは企業内にばらばらに存在する業務プロセス全体とつながって大きな力を発揮します。企業には多くの業務アプリケーションがあり、それぞれが関連する、あるいは対応するバリューチェーンを持っています。規模の大きなグローバル企業ではプロセスは複雑になりがちです。一方、こうしたアプリケーションの「消費者」である社員の方は、正しい情報を探したり、それに関して何かを判断したりすることについて、それほど詳しいわけではありません。
簡単な例でご説明しましょう。ある社員が長期休暇を申請したいと考えているとします。臨時休暇、有給休暇、父親の育児休暇、傷病休暇など、この社員が取得できる休暇の種類はたくさんあり、細則にはそれぞれについての決まりが書かれています。社員にとっては、この情報でトレーニングされたボットと会話することができれば、イントラネットの静的なFAQを探し回るより簡単です。タタコンサルタンシーサービシズ(TCS)の新たなエンタープライズコラボレーション・プラットフォーム「Fresco」では、以下のようなチャットボットが働いています。
日本はAIに特別な関心を示しており、チャットボットの実例も多くあります。昨年は日本でもチャットボットに関わるニュースが数多く報道されました。マイクロソフトの女子高生ボット「『りんな』が鬱に?」、リクルートジョブズの「『パン田一郎』はその人に合ったバイト探しを本当に手伝ってくれる?」、あるはオフィス用具通販のアスクルのカスタマーサポート・ボット「『マナミさん』の回答精度は60%」などの記事です。対話型システムは自然言語処理を活用したシステムです。日本語の文章や自然言語を解析するさまざまなツールが開発されており、ソフトウエアのほか、ウェブやAPIなどの形で提供されています。また、日本人は人間同士のような交流を機械とすることにあまり抵抗がありません。日本の多国籍企業が今後チャットボットをどのように取り入れていくか、興味深いところです。
※掲載内容は2017年4月時点のものです。