IoT(Internet of Things)は大きな可能性を持つ破壊的技術です。同時に、技術的な複雑性ももたらします。IoT アプリケーションが目指すべきは、エンドユーザーの生活シーンや仕事の場にシームレスに活用できるエクスペリエンスを提供することです。効果的なIoT となるかどうかは、目的に適ったエンドアプリケーションの存在に大きくかかっています。このあるべきIoT の実現のためTCS では、高品質なIoT アプリケーションの開発、展開、管理に重点を置いて研究を進めました。主要ステークホルダーは「アプリケーション開発者」、目標は「アプリケーション開発者やアーキテクトに必要なプラットフォームやツールを提供すること」と設定しました。そして一連のサービスと基本要素から成る「TCS コネクテッド・ユニバース・プラットフォーム(TCUP)」を構築しました。また、多種多様な目的にまたがるエンタープライズ・アプリケーションのニーズに応えるため、適切なエンジニアリング特性を盛り込みました。しかし、その過程では、いくつかの難しい選択を迫られました。
IoT(Internet of Things)はさまざまな次元で破壊的な影響力を持つ技術です。多くの業界とビジネスに対して、スマート製品が持つ可能性は、これまでとは根本的に異なるデザインや戦略を必要とする新たなビジネスモデルを創出するチャンスをもたらします。規模の大きな製造企業にとっては、IoT は製品をサービスとして提供するモノのサービス化を加速させるものです。製品が売り場から消費者の手に渡った後も、その製品とつながり続け、製品周りのサービスを提供することができるようになります。IoT はまた、サプライチェーン全体を通じた見える化、機器の監視や、機器の周辺までをも含むリソースや配置の最適化、予防保守など、あらゆる面で業務効率化も促進します。個人消費者にとっては、サービスのパーソナライゼーションを可能にし、健康管理や安全性などの領域で大きな価値を創出します。TCS のIoT 分野の研究は、15 年前に遡ります。最初はRFID(Radio Frequency Identification)でした。その後、モビリティの進化の次なる大きなステップとされたユビキタスコンピューティングを経て、現在に至ります。TCS では10 年以上前から、IoT のさまざまな側面の研究に力を入れています。
TCS では早くから、IoT の成否は、目的に適ったエンドアプリケーションが利用できるかどうかにかかっていると考えていました。IoT は根底にある技術の複雑さはエンドユーザーの目から隠しつつ、求められるサービスやユーザーエクスペリエンスを提供することができなければなりません。エンドユーザーにとって、IoT技術は、ユーザーの生活や仕事や環境にシームレスに溶け込んでいるものなのです。このようなあるべき姿を目指し、TCSでは高品質なIoT アプリケーションの開発、展開、管理を研究の中心に据えました。主要ステークホルダーは「アプリケーション開発者」、目標は「アプリケーション開発者やアーキテクトに必要なプラットフォームやツールを提供すること *1」と設定しました。
*1「 Unlocking the Value of the Internet of Things(IoT)– A Platform Approach」(IoTの価値を解き放つ―プラットフォームによるアプローチ)、TCS(2014年)
一般的に、IoT アプリケーションが実現すべき最も基本的な事柄は、以下の3 点でしょう。
これらを実現するために、IoT アプリケーションは一般に以下のような機能ブロックを備えています。
IoT アプリケーションとそれに求められる要件を理解したところで、TCS は土台となるサービスコンポーネントを提供するプラットフォームの構築を始めました。
目的は、こうしたサービスをしっかりと定義されたインターフェースやAPI を通じて提供することです。API でテクノロジーや実装に関する不必要な詳細をすべてカプセル化し、外部から見えないようにしました。また、どのコンピューティングプラットフォームからも、そしてどのプログラミング言語でも呼び出すことができるAPI としました。そして完成したのが「TCS コネクテッド・ユニバース・プラットフォーム(TCUP)」です *2。
プラットフォームが提供するサービスは、マイクロサービスの集合体という形にしました。マイクロサービスはそれぞれが単体で成り立つよう個別に開発・実装されており、他のマイクロサービスに依存しない設計となっています。マイクロサービスは単体で利用できるだけでなく、複数のマイクロサービスをアプリケーションでつなぎ合わせ、より複雑な機能を持たせることもできます。
*2「TCS Connected Universe Platform」(TCSコネクテッド・ユニバース・プラットフォーム)、TCS(2017年)
お客様の要件に応えるプラットフォームを開発することが、TCUP 構築の当初からの目的でした。このため、多種多様な目的にまたがるエンタープライズ・アプリケーションのニーズを満たすのに必要な、適切なエンジニアリング特性をプラットフォームに盛り込む必要がありました。
適切な特性が盛り込まれていれば、そのプラットフォーム上で構築されるアプリケーションのいずれにも、そうした非機能特性が自動的に継承されます。こうした非機能特性には、スケーラビリティ、可用性、セキュリティ、使い勝手、多様な統合のニーズに応える柔軟性などが含まれます。適切なアーキテクチャの選択により、アプリケーションを自在に拡張できるプラットフォームを構築しました *3。
さまざまなスケーラビリティ戦略に対応できるプラットフォームとなるよう、各コンポーネントの選択・構築を行いました。特に、実装および実装後のシナリオに細心の注意を払いました。本番環境での実装と監視を支えるために、必要なスクリプト、ツール、プローブ、アプリケーションが投入されました。さまざまなパブリッククラウド環境へのポータビリティ(移植性)や、プライベートクラウド環境で展開できることも、重要な要件でした。また、リソースに制約のある産業用ゲートウェイにおいては、プラットフォームのコンパクトバージョンを実装できるようにすることも要件の一つだったため、「TCUP エッジ(TCUPEdge)」というコンパクトタイプのバリエーションも開発しました。こうした要件のいくつかは、コンテナ技術を活用することで達成されました *4。
*3「Build a Scalable Platform for High-Performance IoT Applications」(高機能IoTアプリケーションのためのスケーラブルなプラットフォームの構築)、TCS(2016年)
*4 「Why Containers Will Eat the IoT World」(コンテナ技術がIoTの世界を席巻するとされる理由)、TCS(2018年3月12日)
プラットフォーム開発者として、選択を迫られる場面も多々ありました。まず、「幅広いユースケースに対応できるプラットフォームの柔軟性とユーザビリティの確保」と「プラットフォームから得られる生産性」はトレードオフの関係にあり、そのバランスに常に気を使いました。ユースケースの範囲を限定すれば、それに応じて合理的に設計し、生産性を大幅に高めることができます。しかしそれでは、限られたユースケースにしか対応できないプラットフォームになってしまいます。逆に、ユースケースを一般化すればするほど、その分アプリケーション開発者にかかる負担は大きくなります。すべてのプラットフォームが直面するもう一つの課題は―TCS も例外ではありませんでしたが―汎用的なプラットフォームをすべてのアプリケーションに合わせて最適化することは不可能だという点です。したがって、一部のアプリケーションにとっては結果的に準最適となってしまうような設計とアーキテクチャの選択もやむを得ませんでした。
今後、IoT プラットフォームやインダストリアル・インターネット・プラットフォームは成熟し、進化していくでしょう。垂直型IoT プラットフォームより水平型IoT プラットフォームが広まってきています。しかし、垂直型プラットフォームも、デジタルツインやシミュレーションモデルなど特定の領域に特化したサービス、あるいは業界に特化したマイクロサービスを提供することで、ニッチを生み出すことができます。
IoT プラットフォームにおいては、コンテナ技術が重要視されるでしょう。そして、FaaS(Function as a Service)ケイパビリティの導入や利用が拡大するでしょう。また、IoT、ロボティクス、ドローン、自動運転車向けのエッジコンピューティング・プラットフォームが出現すると見ています。TCUP も含め、IoT プラットフォームは、エッジ向けのバリエーションを展開していくでしょう。こうしたエッジプラットフォームは、AI や機械学習モデルをエッジでローカルに実行する機能を提供します。IoT アプリケーションは、エンタープライズクラウド、パブリッククラウド、エッジロケーション全体に分散されたプラットフォームコンポーネントを活用していくでしょう。エッジIoT プラットフォームを含め、IoT プラットフォームは、「データノード」としてブロックチェーンのネットワークにますます加わっていくでしょう。IoTプラットフォームに蓄積されたデータノードは、コネクテッドサプライチェーン、分散デジタルデータ・ハブ、市場のいくつかのユースケースの実現を可能にします。
TCS はインドの100 以上の施設で活動しており、計3,000万平方フィート超のフロアで28 万人を超える社員が働いています。こうした施設のエネルギー費は年間で莫大な額にのぼります。施設では6,600 以上のエネルギーメーターと3,500 のアクセスポイントメーターから、15 分おきにデータが送信されています。
TCS はエネルギー消費データをきめ細かく可視化(ビル全体、フロア単位、機器単位、など)して、エネルギー管理システムを改良したいと考えていました。従来の方法では、エネルギー利用における異常を把握するには、複数のレポートや数千のアラート(誤検出も含めて)を詳細にチェックする必要がありました。ロードの負荷が高い値となっている理由(例えば、夜中の2 時にUPS(無停電電源装置)がオンになっている)や異常値(特に理由もなく、冷却装置がつけっぱなしになっている、など)、休日のエネルギー消費の比較、欠測データ、施設内の在館者数を検出することは困難でした。
TCS はエネルギー管理や故障の検知・診断、アラーム管理を行う統合ソリューションを導入しました。導入にあたり、エネルギー消費の10% 削減が目標として設定されました。TCS Data Acquisition and Management System (T DAMS:データ収集管理システム)、TCUP、そして複数の異なる種類のビル管理システムが、エネルギーや二酸化炭素排出量の測定に用いられました。遠隔監視・診断サービスは、データドリブンにより機器のライフサイクルコストを考慮しつつ、機器のモダナイゼーションやアップグレードに関するインサイトを得ることで、最適に資産運用ができるようにしました。ビッグデータモデルは、ロードの種別ごとにエネルギー使用量を正確に割り出すのに役立っています。また、クラウドや共有インフラ、ヘルプデスクを通じてシェアードサービスを提供する形にすることで、エネルギー消費パターンからの逸脱を追跡・監視し、遠隔監視制御センターから是正措置を推進できるようにしました。より高度な制御を目指し、エネルギー管理アプリケーションも開発しました。変則的あるいは異常なエネルギー消費を検知し、その素早い是正につなげるために用いられているアルゴリズムは、機械学習をベースとしており、自己学習型で自己最適化の機能を持っています。さらに、CEP(複合イベント処理)ルールエンジンと統合された機械学習により、新規データからインサイトを処理・収集し、問題が検知されると自動的にアラートを発生させる仕組みとしました。
TCUP は個別のソース(センサー、計測装置など)から異なる通信プロトコルで集められた情報を管理するほか、データの統合、分析モデルの実行、リアルタイムでのパターンおよび異常の検出、アラートの生成を担っています。エネルギー管理エコシステム全体で統合されたこのようなアプローチは、FEMS(工場エネルギー管理システム)やBEMS(ビルエネルギー管理システム)、HEMS(家庭用エネルギー管理システム)のニーズにも対応することができます。TCUP はエネルギー消費やパフォーマンス、節減機会を見える化するとともに、これらについてのインサイトを提供し、また異常をアラームやアラートで通知します。
この高度なエネルギー管理システムの導入から1 年で、TCS は9% のエネルギー使用量とそれに関わる多くのコストを削減することができました。その後も、毎年大きな節減効果を上げ続けています。
Fact File
TCS Research:IoT
成果物:IoT プラットフォーム
研究主管:Prateep Misra
学術パートナー:なし
適用技法:クラウドコンピューティング、組み込みシステム、ウェブ技術、ストリーム・プロセッシング、ビッグデータ
対象業界:製造、ユーティリティ、エネルギー&資源、運輸、ライフサイエンス、ヘルスケア、ハイテク、小売
特許:6 件出願中、4 件取得済み
論文:4
※掲載内容は2019年6月時点のものです