競争率の高い空運業において、航空会社は、一般的に空運業バリューチェーンの中でグローバル流通システムや旅行代理店、MRO企業(*1) 、グランドハンドリング企業(*2) などと比べて利益性が低いと言われています。 航空会社は航空機に不可欠な先端技術をいち早く取り入れてきましたが、現在は旧来のプロセスやレガシーシステムが残り、オペレーションの効率化や質の向上、売上の増大、マージンの改善、市場プレゼンスの強化の足かせとなっています。 さらに、顧客の期待が急速に変動していることや、グローバルでの競争拡大・規制強化・財政事情などを背景とした従業員のモチベーション維持といった課題が、変革を後押ししています。 市場のコモディティ化や消費者の価格志向がますます進む中、差別化につながるカスタマーエクスペリエンスへの取り組みも競争力強化に欠かせません。
*1 MRO企業:航空機の整備・修理・分解点検を担う企業。
*2 グランドランドリング企業:航空輸送における空港など地上での支援業務を担う企業のこと。機体の維持・管理や旅客・貨物の対応など、業務は多岐にわたる。
デジタル技術は、顧客中心主義のサービスを可能にするとともに、シンプル化した効率的なオペレーションへの転換の最前線を担ってきました。 例えばソーシャルメディアを活用すれば、航空会社は顧客に最新の情報を伝えるだけでなく、サービスに対して顧客がどのように感じているかを追跡できます。
高度なアナリティクスを使えば、360度の顧客像をリアルタイムに手にすることができ、今やそれを基にターゲットを絞った販促キャンペーンや差別化された機内体験を提供することも可能になりました。 デジタル化は、基礎となるプロセスのシンプル化や現場の生産性向上をもたらすため、多くの場合カスタマーエクスペリエンスの向上にもつながります。 例えば、機上でタブレットを使って必要な顧客情報にアクセスできれば、客室乗務員は顧客個々の好みに寄り添ったサービスを提供できるでしょう。
また、従来は乗務員が手作業で行っていた機内プロセスをデジタル化すれば、彼らの生産性を高め、顧客サービスを充実することが可能です。 さらにIoTをロボティクスや人工知能などの技術と組み合わせれば、顧客の心を一層引き付ける多様なサービスの可能性が生まれるでしょう。 そもそもIoTと航空業界は、多くの面で相性が良いのです。航空業界は航空機からULD(コンテナ)、荷物、エンジニアリング部品、乗務員、旅客に至る数多くの人やモノが空間やタイムゾーンを越えて移動する動きを監視し、効率的に動かすことが求められる、とりわけダイナミックな業界だからです。 航空会社の中には慎重にその効果を見極めようとしている企業がいる一方で、すでにIoTの活用を試みている企業もいます。KLMオランダ航空はロボットによる空港ターミナル内の旅客誘導サービスを始めました。
また、ニュージーランド航空は付き添いのない年少の乗客にデジタル・ブレスレットを貸し出し、保護者が状況を確認できるサービスを行っています。 今後、空運業のバリューチェーン上に存在する全ての関係者および資産を、包括的かつスマートに繋げるIoTエコシステムが、業界の新たな常識となっていくでしょう。
IoTの効果を最大限引き出すには、以下の五つのポイントに沿ってIoT戦略を構築することが重要です。
このようにIoTが航空業界のビジネスモデルをさまざまな面から革新させる大きな可能性を持っていることは明らかです。 一方で、その大規模な導入に着手する前に対応すべき課題があるのも事実です。そのうち配慮すべきポイントの一部を説明します。
航空会社がIoT革命に向けた準備を急ぐこの瞬間にも、いわゆるビジネスの“コグニティブ”、つまり、考え、分析し、判断を行い、学習・進化していく時代への移行は始まっています。 航空会社が今日手にするIoT能力は、彼らを明日コグニティブな組織へと進化させる大きな推進力となるでしょう。 航空会社にとって理想的なIoT導入戦略は、慎重さと野心が程よくブレンドされたものです。 一つの手段として、「開始、学習、検証、改善」のメソドロジーを取り入れ、新たな技術を漸進的に導入していくことが考えられます。
まずは「Sense and Make Sense(感知し、判断する)」のモデルに適合する機会を探ります。 シンプルに実現でき、かつビジネスとして合理的な価値を提供するような取り組み(例えば顧客にロケーションや状況に即した提案をするなど)がよいでしょう。 次の段階では、IoTを導入する対象とその周辺の端末を連携させて認識能力を高めます。 例えば、ロケーションと文脈の両方を認識し、周囲の他のインテリジェントなノードや中枢的なロジックと連携することのできる旅行かばんやULDなどが考えられるでしょう。 そしてIoTを導入する最終段階では、その能力を航空エコシステムの全てのノードを網羅した、接続されたIoTネットワーク全体に適用します。 そこで満足せず、強固な機械学習や人工知能アルゴリズムも取り入れ、自ら成長し、信頼度を高め、学習する能力を進化させ続けるとよいでしょう。 このような手法により、航空会社は自ら学習し、インテリジェントに機能し、思考するという、真の意味でのコグニティブ・エンタープライズに向かって飛び立てるのです。
そうした進化を志向する企業にとって、IoTはその変革の強烈な原動力となるでしょう。