新型コロナウイルスによるパンデミックは世界の在り方をウイルス主動で急速にかつ破壊的に変えています。それが触るものすべてを急速に変革させました。例えば教育、医療、旅行など、被害の数は我々が把握できないほどの多さです。そして、一部の人々がこの状況に対処しきれないのも当然の成り行きです。
企業も急ピッチでパンデミックの時間軸に対応しなければなりませんでした。経営者も、新型コロナウィルス感染拡大により活動の戦略的目的の見直しと、顧客とのやり取りやサプライチェーン運用の早急なデジタル化を迫られることになりました。
これらの急速な対応ペースは精力的かつエキサイティングであると同時に、不安な面もあります。北米、欧州、アジアの約300社の大企業を対象に実施された調査によると、大半の企業ではウイルス感染拡大に伴うソーシャルディスタンシングおよび取引や交流におけるテクノロジーの介入ニーズに対応するためのデジタル化の準備ができていませんでした。
顧客に総合的なデジタル体験を提供できると回答した企業は僅か25%で、デジタル体験の提案や改良のための、AIベースの分析能力を保有している企業は24%でした。また、主要ビジネスプロセスの自動化を実現した企業は23%だけで、クリティカル・デジタル・エコシステムと提携している企業にいたっては21%でした1。
この調査結果で最も興味深く意外だったのは、重要なデジタル機能の開発における障害は金銭面の制約ではなかったということです。実際、新型コロナウィルス感染拡大によりあらゆる部門で経済的な損失が発生している中で、調査対象となった企業の90%はデジタル変革への投資を維持または拡大しています2。
弊社は、開発における問題の一部は旧式なデータモデルと非効率的かつ不十分なデータ管理手法にあることを突き止めました。
では良質なデータとデータ管理の重要性はどの程度あるのでしょうか?新型コロナウイルス感染拡大前の研究では「データに不備がある場合、またはデータが不完全であった場合、それらが完全である場合と比較して10倍の費用がかかる」という結果が出ています。
また、同じ研究で、「受け入れられる下限の品質基準である100のデータレコードのうち97の正確なレコードを持つ企業は、全体の3%しかいない」という結果もでています。
データ管理は、多くの企業が長年にわたり直面している課題です。しかし、優れたデータアナリティクスは実現が不可能なわけではありません。我々はアナリティクスと分析プラットフォーム、広範な社内外データ、人工知能、オートメーションの活用と、「全て」をクラウド化することで成功してきたリーダーたちがそれらの成功へ至るために、データの精度向上を実施することで最も大きな成果が上がり、かつ費用対効果が高い投資分野であることを知っています。
1 TCS『デジタル体制とCOVID-19による影響の評価』(概要)
新型コロナウィルスの台頭以来、人類は治療法やワクチンの開発に専念してきました。それらの新薬の開発を担当するライフサイエンス業界も大きな影響をうけました。例えば、治験参加者の募集が極めて難しくなったことがその一例です。また、製薬会社では国家の規制当局に報告するデータを収集する新しい方法と形式を作成することが必要になりました。
しかし、ディスラプション(破壊)はイノベーション推進の鍵となることもあります。
例えば、アストラゼネカ社では人工知能(AI)と機械学習(ML)により密集するデータセットを統合することでアナリティクスを実施し、初期の臨床試験において治験のデザインを改良することに成功しました。これにより初期の結果を使った予測解析により、企業は被験者の数を減らし、治験結果を取得するまでの期間を短縮することで、より有望な薬を迅速に開発できるようになりました。
また、リアルタイムでのデータ分析を活用し、被験者への柔軟性を高めることにより被験者募集の課題に対応しています。データを集中管理することで、被験者は治験実施施設に出向く代わりに、地元のクリニックや自宅で検査を受けられます。このような変化は、パンデミックが収束した後も続くでしょう。
新型コロナウイルスの時代において、早急なデジタル化が必要なのはライフサイエンスやヘルスケア事業だけではありません。従業員の大半がテレワークで顧客と物理的に距離を置いているため、多くの企業がリモートでの販売とマーケティングやバーチャルでの顧客や従業員とのやり取りを余儀なくされています。
ビジネスプロセスのデジタル化を急ぐ中で、一部の企業では新しいビジネスモデルを創出するためにはデータとアナリティクスの重要性を実感し市場への新規参入や新商品とサービスの確立のため、デジタル・エコシステムへ参加しました。その結果、マーケティングや販促活動のマスカスタマイゼーションが推進されたのです。
例えば、家具通販会社のウェイフェア(Wayfair)では「2300名以上のエンジニアとデータサイエンティスト3」が、機械学習アルゴリズムにより2000万人以上の顧客のカスタマーエクスペリエンスや販促キャンペーンをパーソナライズ化しています4。
また、今回のパンデミックにより、グローバルから地域や現地での製造や流通に素早く移行できるフレキシブルなサプライチェーンの重要性が浮き彫りになりました。例えば、去年の春はサプライチェーンにおける柔軟性の欠如により、大型店でトイレットペーパーの在庫が切れ、消費者の不満と買いだめにつながりました。トイレットペーパーを大量に購入していたホテルやレストランが新型コロナウイルス感染拡大により閉鎖されたにもかかわらず、メーカーではトイレットペーパーの生産ラインをホテルやレストランが必要とする薄型から一般消費者が必要とする厚みのあるタイプへの切り替えに苦労しました5。
ウイルス感染拡大やその他の事象の影響への不十分な対応により、企業はデータやアナリティクスへの投資がなぜ期待通りの成果をあげられていないかを自問することとなりました。なぜ実行可能なインサイトを得られていないのか?なぜ自社のビジネスプロセスやビジネスモデルは変化に対応する柔軟性が欠けていたのか?
これらの疑問に対する答えは、自分たちが使っているデータモデル、データの収集や管理方法、分析の実施方法にあります。そして、これらの実践方法を改善できる効果的な方法があります。
3 ZDNet「Wayfair expands Google Cloud deal for hybrid cloud strategy」
4 Statista「Number of active Wayfair customers from 2013 to 2019」
5 ハーバード・ビジネス・レビュー誌(9-10月号)『Global Supply Chains in a Post-Pandemic World』
弊社が調査した企業ではデータ主導型企業になるために社内外のデータの収集や蓄積に力を入れている一方、データモデルの老朽化は放置していました。膨大な量のデータの収集、蓄積、整理、準備は多大な労力を必要とする作業ですが、そのために全データからのインサイトを得るためのモデルの精緻化や見直しが疎かになってはいけません。また、新規ツール、自動化、人工知能の活用により、このような業務の負荷を大幅に減らすことができます。
データの価値を高めるためには、モデルの継続的な見直しと改良が不可欠です。これには企業が利用できるデータの把握やあらゆる階層での活用方法を含めた企業データとアナリティクスの包括的な視点が必要です。技術面での課題に対応するために企業全体の視点を確立するためには、機械や投資ではなく企業の人材から見ていく必要があります。
国際分析研究所の創設者であるThomas H. Davenportは、「多くの企業はデータ指向型企業になるための最初のステップとしてテクノロジーに多額の投資を行っているが、それだけでは不十分だ。本気でビジネスメリットを実現したいなら、企業はもっと真剣にデータの人間的側面に取り組み、創造力を働かせるべきだ」と著書に記しています6。
実際、デジタル活用により各分野でリーダーとなっている企業では、取締役会レベルおよび経営幹部レベルでデータ主導型の戦略をサポートしていることをTCSは発見しました。
これは、経営陣にとってデジタル変革とイノベーション推進が優先事項でない場合、データ収集とインサイト分析のための資金は主な予算の対象外となってしまい、これらの活動は企業全体の投資利益率にはほとんど反映されないパイロットプロジェクトや単発の概念実証(PoC)に限定されてしまうからです。経営陣からの支持があれば、機械だけでなくデータリテラシーのための管理者や従業員の教育を含めたデータ分析のための特別予算を組み込むことができます。一部の企業、特に事業部が独占的にデータを保持している大企業では、データの秘匿の防止と最高責任者レベルでのデータアカウンタビリティ確立のために最高データ責任者または最高分析責任者を任命すべきでしょう。
オランダの企業62社を対象としてTCSが最近実施した調査では、データとアナリティクスの活用の成功は、 その企業におけるデータとアナリティクスの浸透度合いに比例するという結果が出ました。
業績が好調なデジタル企業ではマスカスタマイゼーションの推進、卓越した価値の創出、デジタル・エコシステムへの参入、リスクへの対応などのイニシアチブにおいてデータとアナリティクスを活用しています。
このような企業の例について考えてみましょう。デジタルイニシアチブに収益の10%を投資する企業では、アナリティクスの外注が10%未満と少なく、分析業務の50~70%が自動化され、 クラウドプラットフォーム上でアナリティクスを実施し、企業全体を対象としたデータリテラシープログラムが用意され、全組織プロセスにおいてアジャイル手法が実施されています7。
実際、デジタル企業になるためのコミットメントを確実に測定する方法は、データ、アナリティクス、人工知能、オートメーションに対する企業の戦略的投資を評価し、その成長を追跡することです。
先進デジタル企業では自社の為にアナリティクスを実践しておらず、データの収益化のためにこれらの作業を実施しています。収益化は、主にプロセスの改善と正確な情報に基づいた意思決定のための企業全体でのデータの民主化により実現します。また、既存市場や新規市場での情報の販売や製品やサービスに対する価値の付加によっても達成できます。
6 ハーバード・ビジネス・レビュー誌(2019年2月5日)『Companies Are Failing in Their Efforts to Become Data-Driven』
7 TCS「Data-Driven Business Behavior for Stellar Business Performance」(2020年5月26日)
データやアナリティクスへの主な投資は、現在のデータセット品質の向上とビジネスプロセス最適化のための投資です。これらの作業の一部は、欧州の一般データ保護規則 (GDPR) などの規制要件に対応するために必要です。しかし、堅牢なデータ管理プロセスやガバナンスを活用することによってもビジネスにおける効率性と収益性を高めることができます。
TCSではお客様との取り組みにおいて、下記を含めた様々な業界や分野で堅牢なプロセスとガバナンスの実装がお客様の成功に貢献してきた例を見てきました。
金融サービス: 米国を拠点とするある大手金融機関では、複数のデータセットを活用する分析システムを配備することで住宅を除いた包括的な資本分析とレビュー(CCAR)のリスクモデリングにおけるストレステストで損失予測精度を84%まで向上させ、大半の企業が失敗している初回の検査で連邦要件を満たすことに成功しました。これにより費用と時間の両方を節約したことのみならず、意思決定とリスク管理方針の改善にもなり、羨望に値する競争力を獲得し、業績の上昇につながりました。
小売:オランダのある食品小売店では、150%の売上増を達成し、店舗の注文処理と配送能力を600%増やしました。この結果、カスタマーセンターへのお客様からのコール量も400%増えました。この食品店はこれらを、分析駆動型の在庫管理システムと意思決定者用連携基盤として機能するTCS総合バーチャルコマンドセンターの併用により対応しました。またビジネスの健全性の継続的な監視と、データに基づいたプロアクティブな意思決定ができるようになりました。
公共部門:インド政府は新型コロナウイルス感染拡大の監視と対応において複数のソースからの統合データを使用しています。この作業には、規制に従ったデータセキュリティと個人のプライバシーの確保、機密情報の完全消去、不変な活動の追跡が含まれます。政府は学術機関と提携してブロックチェーン、データベース管理システムを含めた様々なテクノロジーを活用し、新型コロナウイルスに関連した管理業務に中核的なデータを作成しています。
これらの作業においては概ね成功しているものの、完全に成熟した分析およびデータ管理機能を獲得することは依然として極めて困難です。しかし、他の企業での課題と同様に最大の障害は受け入れる意思と積極性にあります。いくつかの課題を紹介します。
「データ成熟度」では、企業における全ての業務を改善するデータ管理と分析手法の確立の度合いを評価します。最終的な分析において、企業のデータ分析成熟度は企業としての有効性と密接に関連しています。
オランダの企業62社を対象としてTCSが実施した調査の結果、企業ではデータの有効性を高めるために下記の4つの手法を採用していることが判明しました。
データは大きな潜在的価値を秘めていますが、データだけでは何も実現できません。分析機能も何らかの用途に適用されない限り、単なる関連のない絵や説明にすぎず、競争上の優位性をもたらすツールにはなりません。
しかし、高度な人工知能アルゴリズムをデータ分析に適用することで、企業がインサイトを活用して必要だが時間がかかる意思決定、コミュニケーション、付加価値の低い作業の多くを自動化することで、従業員はデータの集約や分析なしでは不可能だったことを達成できるようになります。
短期的に見るとデータの有効性や効率性は改善できますが、データ成熟度の向上と共に企業では新しいビジネスモデルをサポートする新たな仕事を生み出し、企業と地球の将来を見据えた新しいチャンスを模索できます。これは大きな目標ですが、データから始まるのです。
※掲載内容は2021年2月時点のものです。
著者
Dinanath Kholkar
TCS 副社長兼アナリティクス&インサイト事業グローバルヘッド