ブランドと体験
ブランドの成功はさまざまな要因に基づきます。しかし、消費者の注目はあらゆる方向に向けられ、企業が絶え間ない変化に直面している今日、企業が無視できないものが一つ存在します。それは、顧客体験です。
顧客は、ブランドと関わるたびに、常に何か驚きや感動を期待しています。体験は個々に合わせたもので、かつ意味のあるものでなければなりません。一貫性があってフリクション(摩擦) のない状態であり、また常に適切なタイミングで、あらゆるタッチポイントを通して顧客の注目を捉えるべきです。有意義で印象的な顧客体験を提供することは企業のビジネス目標を達成する助けとなることをマーケティングリーダーたちは知っています。また、それが単なる優れたコールセンター、効果的なオムニチャネル戦略、パーソナライズされたサービスではないことも理解しています。
最高の顧客体験には科学、アート、データと状況に応じた知識、従来からある技術と新しい技術の融合が必要となります。
深い倫理観に基づく学習と技術の統合、そしてデータに基づく持続的な洞察や人工知能(AI)から得られる顧客に関する深い理解が必要です。
エクスペリエンスエコノミー
1990年代後半に初めて提唱された「エクスペリエンスエコノミー」の概念、つまり「体験こそが本当の経済価値を生む」という考え方が、昨今は広く認められるようになってきました。顧客によって評価されるというところに体験の価値があります。簡単な例でいうと、特別な上映方式や豪華な座席、高級な食事や飲み物を提供する映画館では、より高いチケット代を払おうとする人が多くいます。これらすべては優れた体験を提供しているからです。
スターバックスやAppleのようなブランドは、商品やサービスだけでなく、それに関連する体験を通じて市場を大きくリードしています。スターバックスのどの店舗に立ち寄っても、ドライブスルーでコーヒーを注文しても、アプリを使用しても、スターバックスブランドのライセンスを取得している小売業者からコーヒーを購入しても、その体験は同じ飲み物です。Appleに関しては、常に革新、デザイン、そして顧客体験を重視しています。これらすべてがAppleの世界中で忠実な顧客層の形成に大きく貢献しています。
「開封」動画が流行し、Appleはそれによって、Apple製品を購入し所有するワクワク感をさらに高めることに成功しました。
体験への要求を高めているのは、製品マーケティングから顧客中心主義への変化です。若い世代は特に体験に影響されます。研究では今やたくさんの人が知っているようにミレニアル世代はモノよりも経験にお金を使う傾向があることが示されています。
革新と技術は体験を生み出すうえで最も重要な役割を果たしています。例えば、スマートフォンは私たちの生活や人との関わり方に革命を起こしました。また仮想現実(VR)、拡張現実(AR)、人工知能(AI)、自然言語処理(NLP)などのデジタル技術は、私たちが体験を生み出し楽しませることに役に立っています。
優れた体験の要素
エクスペリエンスエコノミーは、しばらくの間大きな影響力を持つと考えられています。そのためビジネスリーダーは、優れた体験を提供し、競争で勝ち残るために、戦略や実践をさらに改善する必要があります。
状況に合わせた体験:
顧客体験が状況にあっており顧客の需要やニーズにマッチしているとき、それは素晴らしい体験となります。ブランドはデータドリブンなインサイトを使用してこれらの高くパーソナライズされた体験を作り出すことができます。例えば、おむつ会社が赤ちゃんの誕生を祝う新しい親に向けて、おむつに関する短い説明動画を特別クーポンのQRコードとともにSNSのフィード投稿をするかもしれません。もしこれが顧客の興味を引くものであれば、会社と顧客のどちらにとっても良い結果が得られます。そして、それはおむつ会社にとって大きな成功となります。その他に、顧客の好みを活用して完璧な体験を提供するしたホテルの例があります。いくつかのホテルでは、アプリを更新することで顧客からの情報をもとにパーソナライズされた体験を作りだしています。いつも1階のキングサイズのベッドの部屋を希望する顧客には、予約チームがそうなるように手配します。夜にカモミールティーを飲みたい顧客には、ハウスキーパーが到着前にティーバッグを数袋、お部屋に用意します。
このような特定のニーズにあった、状況に応じた体験を提供するために、ブランドは自分たちの顧客は誰なのか、何を求めているのかを理解する必要があります。顧客接点を通じて彼らを引きつけるために活用されます。
一貫性のある体験:
顧客がブランドにかかわる際、どのチャネルやタッチポイントであっても、体験はカスタマージャーニー全体を通して一貫してスムーズである必要があります。これは、見た目や雰囲気が似ていること、メッセージが統一され、コンテンツが最適化されているだけではなく、データを持続的に活用することも含まれます。
一貫性のある体験はブランドに対する顧客の信頼を高め、顧客ロイヤルティを向上させます。顧客が実店舗を訪れたり、アプリをダウンロードして利用したり、SNSアカウントをフォローしたりするなど、ブランドと関わるたびに一貫性のある体験をすることで、企業はより高いブランド認知を得られます。その良い例は、高級品を取り扱う会社が、一貫性のある体験によって顧客との関わりを深めたケースです。デジタル店舗と実店舗の両方に対応した「フィジタル」戦略を展開することで、幅広いチャネルにわたって強く、一貫した認識しやすいブランドアイデンティティを確立しました。
瞬間的な体験:
瞬間的な体験はシンプルです。顧客が望む方法で適切なタイミングに、適切なメッセージを届けることが重要です。これは、顧客が常に多くのブランドからのアプローチを受けている現在、これまで以上に重要になります。
瞬間的な体験を生み出し提供するために、ブランドは収集し分析した顧客データから得た洞察を活用する必要があります。そうすることにより、顧客との関わりを設計し、構築し、拡大するために使うテクノロジーをうまく活用できるようになります。
大手銀行とのプロジェクトが好例です。業界初となるチケット発行プラットフォームの構築についてです。これは、機械学習アルゴリズムを利用して公共交通機関での通勤者の移動をさまざまなシステムから収集したデータを基に分析するものです。データを活用するアプリを通じて、銀行は、現金やカードのスワイプ、スマートフォンをキオスクにかざすことなく、リアルタイムで自動的に決済ができる、シームレスなチケット発行と支払いの体験を提供できるようになりました。
究極の体験の要素は明確ですが、驚くべき体験を生み出すためには、企業はこれらの3つの側面に焦点を当てるだけでは不十分です。
体験ファースト
特別な体験はブランド、デザイン、テクノロジーそしてデータを調和することで実現できます。ここではなぜそのようなアプローチが必要となるのかを説明します。
ブランドはロイヤルティを刺激する:
おそらくほかの何よりも、体験はブランドを高める、あるいは低下させる力を持っています。顧客が企業とかかわる中、またはかかわった後にポジティブに感じれば、その前向きな感情はロイヤルティを高める原動力となります。ロイヤルカスタマーがブランドを育てるのです。しかし、悪い体験は逆の効果をもたらす可能性があり、特にひどい場合には、ブランドは大きな代償を払うことになります。
悪い体験の例は数多く存在します。とくに有名な例のひとつは、大ヒットしたある楽曲に関する例です。歌手のデイブ・キャロルは飛行機で離陸を待っているときに、彼のバンドのギターが乱暴にターミナルに置かれているのを目撃しました。到着後、彼らのギターのうち1つが壊れていることに気が付きました。それだけでも悪い体験ですが、キャロルは壊れたギターについて航空会社と数か月にわたって交渉を続けましたが、解決には至りませんでした。そしてついに、このエピソードの曲を書き、大ヒットとなりました。航空会社は予想よりもはるかに多くの損害を被りました。その額はおよそ14億ドルに達しました。
一方で、優れた顧客体験がブランドに良い影響を与え、企業の成長を後押しした例もあります。私たちがクライアントと取り組んだ例の一つとして、英国最大級のテレビ放送局であるITVが同社初のフリーミアムのストリーミングサービスであるITVXを通じてブランド力を大きく高めたことがあります。TCS Interactiveは9か月でこのサービスのビジュアルデザインを含め設計、構築し、ITVは2022年のFIFAワールドカップにあわせてこのサービスをリリースできました。ITVXはテクノロジーとデザインが調和した、パーソナライズされた最適な体験を何百万もの視聴者にもたらしました。わずか4か月後の2023年4月にはストリーミング再生が10億回を突破しました。リリース1か月で、ストリーミング時間は55%増加し、オンラインユーザーは65%増加しました。ITVがストリーミング体験をどのように作り変えたのかはこちらをご覧ください。
デザインがすべてを結びつける:
マーケティング担当者は優れた顧客体験を提供するためのツールをこれまで以上に持っています。例えば、顧客をバーチャル環境に没入させるVRや、顧客をより深く理解するのに役立つデータ分析などがあります。しかし、デザインをなくしてしまうとこれらの効果はほとんど発揮されません。
アイデアの初期段階からカスタマージャーニーにおけるあらゆるタッチポイントに至るまで、デザインはあらゆるマーケティング活動で重要な役割を担います。デザインはテクノロジーに人間らしさを与え、顧客とより個人的な結びつきを生み出し、新たな成長の機会を促進し、顧客、同僚、パートナーを含めたエコシステム全体にインスピレーションを与えて、すべてを結びつけます。
テクノロジーとデータによるパーソナライゼーションの推進:
多くの企業はすでに顧客関係管理(CRM)ソフトウェアやマーケティングオートメーション(MA)ソフトなどのマーケティングテクノロジーを使用しています。しかし、現代のマーケティングではデータ主導の運用がより求められており、カスタマーデータプラットフォーム(CDP)が役立ちます。このプラットフォームは、顧客データを収集、保存、管理に使用でき、データからさらなる価値を引き出すための指標に基づいた包括的なデータアクセスを提供します。
企業はデジタルエクスペリエンスプラットフォーム(DXP)を活用することもできます。これはブランドがデジタル体験を構築しパーソナライズするのに役立ちます。DXPがサポートする統合ツールはコンテンツ、コマース、カスタマーロイヤルティの向上、マーケティングチームの強化、市場投入までの時間の短縮、コンバージョン率と顧客獲得率を向上させます。
AIはマーケティングチームにインスピレーションを与えて生産性を向上することができます。マーケターはすでにAIを利用してビデオや画像を含んだコンテンツを作っています。ChatGPTやその他の生成AIモデルの登場以降、AIは急速に普及したものの、まだ初期段階にあります。AIが進化するにつれて、膨大な量のデータを分析して学習し、顧客の行動をより深く理解して、高度にパーソナライズされた体験を実現できるようになります。
近い将来、マーケティングにおけるAI利用の成功には、人間とAIが協力し合う共生的なアプローチが必要になるでしょう。
技術革新のスピード、常に要求の高い顧客、急速なビジネスの変化により、現代のマーケティング史上最もエキサイティング時代になっています。今日の経験経済で真の価値を生み出すために、企業は状況にあった、持続的で一貫性のある象徴的な体験で顧客を満足させることが重要です。