付箋を手元に用意すれば準備はOK。さあ、開発の最前線でアイデアを出し合い、練り上げていきましょう。
デザインシンキングのチームを指導して20 年、私は常にたくさんの付箋に囲まれてきました。課題となるプロジェクトに取り組むたびに、毎週のように部屋中に増殖する、アイデアに満ちあふれ、整理されたカラフルな「ゴチャゴチャしたもの」が放つ鼓動に、同僚たちはよく辛抱強く付き合ってくれたものだと思います。
しかし、最近になって、このゴチャゴチャしたものが、多くの人を巻き込みアイデアの具現化を促す、実に力強く民主的な手法であることに改めて感心するようになりました。
断片的なアイデアの着想であっても、まず付箋に書いて壁に貼ってみることに価値があります。なぜなら、それらをつなぎ合わせることで、一つの完成されたコンセプトに練り上げていけるからです。これによって、「まだ十分に考えがまとまっていないから、今は言わないでおこう」という、創造性の向上を妨げる最初のハードルを乗り越えることができます。いったん湧き出したアイデアは、さまざまな角度からサービス化を検討していく過程で、違った観点を取り入れ、次々と形を変えていくことでブラッシュアップされていきます。ここ最近、私はデザインシンキングのリーダーとして、インドと日本の5 都市でワークショップを開催し、参加者が自分の持つ力を活用する手助けをしてきました。これらのセッションでは、創造性に富んだアイデアをシンプルな「付箋のプロトタイプ」に落とし込むことで、ほかの誰かがそれへ興味を持ち、価値を見いだし、行動に移すことが狙いでした。
デザインシンキングは、付箋やアイデア以上のものを意味します。
写真1 〜2 は、デザインシンキングの過程で最もインパクトを持つ瞬間の数々(「実験的なモックアップ」や「ゲーム」、「ロールプレイを通じたコンセプトの共有」)です。デザインチームは、消費者やエンドユーザー、あるいはステークホルダーから感想や意見をもらいます。その場にいる全員がそこから何かを感じ取り、将来的な価値、今後予想されるチームが備えておくべき障壁などについて、気付きを得るでしょう。プログラムの初期段階のデザインシンキングは、以下のような役割を果たします。
デザインシンキングは、「What」、つまり「自分たちはどのようなサービス、機能、そして体験を提供しようとしているか」を検討・定義するために用いるものです。
コンセプトがまとまり、定義と検証が終われば、デザインシンキングの出番はいったん終わり、実際の設計に移り、ユーザーエクスペリエンスとデリバリーのチームがともにソリューションを練り上げます。この段階でアジャイルの手法を導入する場合もあります。
それでは、4 日間にわたり行われたデザインシンキング・ワークショップの例をご紹介します。このワークショップでは、幾つかのコンセプトを検討・定義・検証しました。まず、リタイアメント・プランニング(老後の生活設計)について、二つのビジネス上の課題と二つのペルソナを設定しました。ユーザーエクスペリエンスについて幅広い思考を促すため、オンラインのカウントダウンタイマーやヨガクラスなどを取り入れたほか、幅広いステークホルダーを巻き込んだブレインストーミングを行い、プロトタイプを作成しました。そして、コンセプトをより忠実にプロトタイプに反映させていった結果、最終的なコンセプトはユーザーの全体験を網羅したものとなり、ユーザーが正しい情報を手に入れ、選択肢を比較・検討し、これらを数年間のタイムスパンで便利にかつ自信を持って行えるようになりました。
デザインシンキングは、新規事業のクリエーティブなアイデアと、技術に支えられたユーザーエクスペリエンスの創出を支援し、企業の売上(トップライン)の成長に貢献します。デザインシンキングは最終利益(ボトムライン)の向上にも役立ちます。例えば、「早期にユーザーテストを行わなかったことで生じるデザインコスト」を削減します。また、デザインシンキングでは、複数のアイデアを並行して横断的に検討するため、最初のアイデアがうまくいかないからといって、停滞したり、最初から仕切り直しとなることがなく、プロジェクトのタイムライン短縮にも寄与します。
これまでの内容でおわかりいただけたように、デザインシンキングは、チームや部門・部署の力を、目標が明確に定められたクリエーティブで生産的な方法へと結集させます。また、ステークホルダーの意見を得るために、チームの中心メンバーが開催する短期集中ワークショップにおいて、部門横断的なスタッフや下流工程のスタッフは強力かつ効果的な協力者になります。その協力によって、新規サービス、あるいは改良されたサービスが、技術面、事業面、ユーザーエクスペリエンス面においてバランスが取れたものとなり、中核チームは思い切ってデザインワークを推進できるようになるのです。
※掲載内容は2018年6月時点のものです。