製造業の企業は新しいビジネスモデルや持続可能なソリューション、優れた顧客体験の提供を目指していますが、エコシステムの進化や製品の複雑化、コスト管理、迅速な市場投入に課題を抱えています。これらを克服するためには、デジタルスレッドの活用により、ビジネスプロセスとシステムを統合し、情報に基づいた意思決定が必要になります。
本稿では、デジタルスレッドと生成AI、ナレッジグラフを組み合わせて活用することで、企業が得られる大きな成果について概説します。
ハイライト
- デジタルスレッド、生成AI、ナレッジグラフを組み合わせて、膨大なデータを詳細に分析し、新たなインテリジェンスとコンテキストを生み出す
複雑なエンジニアリングのデータにインサイトをもたらし、次世代の製品設計を迅速に進める新しい道を開く
ナレッジグラフと生成AIの組み合わせで、デジタルスレッドによるビジネス変革の可能性を飛躍的に向上
製品ライフサイクルデータからより大きな価値を引き出し、製品サイクル全体の追跡可能性を高め、製品戦略を推進
目次
デジタルスレッドの概要
デジタルスレッドの活用で、業務プロセスをデジタルで統合し一貫したデータ管理を実現
製造業の多くの企業が、新たなビジネスモデル、持続可能なソリューション、優れた顧客体験の提供を目指しています。しかし同時に、市場環境の変化や製品の複雑化といった課題に直面しています。また、製品の迅速な市場投入、コストの管理、生産性や運用効率の向上にも課題を抱えています。
これらの課題の解決には、統一されていない業務プロセスとシステムを整理・統合し、デジタル変革を進めることが重要です。そこで役立つのが、企業の全体に分散しているデータの一貫性をつくる「デジタルスレッド」です。デジタルスレッドの構築で、業務プロセスの途切れを減らし、製品データとプロセスを追跡できるようになります。さらに企業は、コンテキスト（関連する情報、状況判断のための情報）に応じて製品データを途切れなく受け渡し、管理し、状況に応じた判断が下せるようになります。
デジタルスレッドは、収集したデータを基に現実に近いシミュレーションを可能にする「デジタルツイン」を支えるデータ基盤になります。さらに、デジタルツインからのインサイトや提案を得て常に最新化されます。デジタルスレッドの主な特徴は以下の4つです。
- モデル駆動型
製品ライフサイクルの中で生まれる製品やデータは、その製品を簡略化して表現した「モデル （マルチコンピューター支援設計モデル、シミュレーションモデルなど）」として作成されます。このモデルを使うことで、製品のさまざまな特徴や、それがどれくらい効果的かを確認できます。
- 接続性重視
製品の企画段階から、実際に使用できるようになるまでの段階（デジタルツインを含む）に至るまで、製品とデータを相互につなぎ合わせることで、製品の品質や価値が向上します。またエンジニアリング、製造、サービスの各部門とサプライヤーのスムーズな連携も重要です。
- インサイト駆動型
デジタルスレッドは、製品と関連するデータを活用してインテリジェントなインサイト （顧客満足度の向上のための新しいアイデア、製品の性能や開発プロセスの改善のためのイノベーションなど）を生み出せます。これらのデータの活用で将来の状況を予測し、適切な意思決定が可能になります。
- クローズドループアクション
デジタルスレッドによって、企業は、エンジニアリング、製造、フィールドサービス、サプライチェーンなど一連の流れで得られた情報に基づいた意思決定を行うことができます。例えば、この意思決定の方法によって、顧客の要望により早く答えることができます。
ナレッジグラフと生成AIの活用
ナレッジグラフと生成AIの組み合わせで広がる、デジタルスレッドの新たな可能性
ナレッジグラフと生成AIの組み合わせで、膨大なデータを前例のないレベルで効率的に分析でき、インテリジェンスと新しいコンテキストからの理解を得ることができます。この方法は、製品ライフサイクルデータの管理に最適です。
業界の重要な課題としては、製品ライフサイクルのデータを業界標準のオントロジー（データの関連性を定義する仕組み）を使ってモデル化し、異なるシステムを使う担当者同士のシームレスなデータのやり取りを実現することがあります。しかし、多種多様なデータ形式や書式の不統一が障害となりうまくいきませんでした。そこで、知識を体系的につなげてグラフで表現するナレッジグラフを活用することで、複雑につながったデータの関係をわかりやすく整理できます。
ナレッジグラフは、デジタルスレッドを補完する役割も果たします。デジタルスレッドでは、製品ライフサイクル全体を、複雑で多様な製品とデータのつながりとして視覚化します。ナレッジグラフとデジタルスレッドを組み合わせることで、企業は製品ライフサイクルデータからより大きな価値を引き出し、プロセス全体での追跡可能性を高め、製品戦略を強化できます。さらに次のような効果も得られます。
- 拡張性のある柔軟なツールの提供
AIアルゴリズム、セマンティッククエリ、大規模言語モデル （LLM）、生成AIソリューションをサポートし、機能拡張が容易で、インテリジェントかつ他システムと連携可能なプラットフォームを提供できます。
- プログラミング不要なツールとの統合
デジタルスレッドを、利用者の役割や状況に応じて視覚化するために、ローコード・ノーコードプラットフォームと統合ができます。
- 複雑なデータの検索と分析を簡略化
複雑なデータのつながりを簡単に検索し必要な情報をすぐに得ることが可能です。特定の分野や状況に関連するデータだけを範囲とした図（グラフ）を使うことで、データの検索や分析がより簡単になります。
- 生成AIの活用のためのデータ調整
生成AIを活用し、LLMを目的に合わせて調整します。ナレッジグラフを使って、構造化、半構造化、非構造化のデータも含めて、分析に必要なデータを見つけ出します。
- 業界標準に対応
データの書式設定とデータ交換のための業界標準プロトコル（リソース記述形式など）と、グラフ形式で使える業界標準のオントロジー（AP242など）に対応します。
役割に応じたデータ
製品開発担当者の役割ごとに応じた、具体的な活用例を紹介
製品開発にはさまざまな役割の人が関わり、それぞれが必要とするデータや状況が異なります。そこで、企業のデジタルスレッド上でAIや生成AIアルゴリズムを活用したナレッジグラフを使うと、担当者の立場や状況に合わせて、必要な情報を簡単にみれるようになります。その利点は次の通りです。
- 部品担当者
新製品を開発する際、部品担当者は既存部品を設計に再利用するための提案が受け取れ、部品の再利用が促進され、コスト削減につながります。
- 設計者
ナレッジグラフとモデルベースのシステム全体の設計や運用に関するデータを使って、持続可能性のある設計を進めることができます。
- 設計変更の分析担当者
変更による影響を広く評価し、関連する製品やデータの全体像を可視化できるので、変更の精度を高められます。
- 設計変更検討委員会
設計変更で起こりうる問題点の全体像を把握できるようになります。これにより、リスクと実装にかかる時間を最小限に抑えながら、最適でコスト効率の高いソリューションを選択できます。
- コンプライアンス担当者
法令順守に必要な書類一式を迅速に作成できるようになり、承認までの時間を短縮できます。
- 仕様検討担当者
顧客の要件に基づいた仕様や提案を効率的に作成できるため、顧客のニーズに迅速に応えられます。
- 管理職や経営幹部
製品ライフサイクル全体の流れを追跡でき、実際の使用条件での性能、故障予測、製造とエンジニアリングへの影響をインテリジェントに把握できます。
近年では、ナレッジグラフ、デジタルスレッド、そして生成AIが業界で注目を集めており、拡張性が高くインテリジェントで、他のシステムと連携できるソリューション構築での活用が進んでいます。
アーキテクチャの構築
ナレッジグラフ、デジタルスレッド、生成AIを最大限に活用するためには、レジリエンスがあり、拡張性があり、他システムと連携できるアーキテクチャが必要
このようなアーキテクチャは、複雑なデータを可視化し、高度な分析を可能にします。企業の既存のシステムと統合して使うことを想定しており、以下5つの層で構成されています。
- デジタルスレッド層
さまざまな情報源からデータを集めてマッピングを行い製品ライフサイクルに関するさまざまな機能を可視化します。
- オントロジーモデル層
製品ライフサイクルの全体を示し、モデル化するために使用される業界標準のオントロジーを簡単に活用できます。これにより同じ方法で情報を表現でき、異なるシステムを使っている部門や会社間でもシームレスな情報をやりとりできます。
- ナレッジグラフ層
複数のシステムやオントロジーモデルからのデータを統合し、知識ネットワークをつくります。AI/MLアルゴリズムを使用して、インテリジェントな手法でネットワーク作成と管理を自動化します。
- ベクトル検索層
製品に関する構造化、半構造化、非構造化データをベクトル形式（数値データ）で簡単にモデル化できます。このデータは企業独自のデータを使った大規模言語モデル（LLM）の調整にも使えます。これにより、複雑なレガシーシステムや重複したシステムから抽出した製品データの類似性や異常を特定するための検索ができるようになります。
- 生成AI/MLオペレーションサービス層
大量のデータセットを管理し、データをベクトル形式に変換するためのサービスの構築に役立ちます。また業務プロセスを自動化し、新たなコンテキストを生み出せる、生成AI搭載のアシスタントやボットを構築できます。
業界ごとの活用例
ナレッジグラフ、デジタルスレッド、生成AIを活用した業界別の具体的な事例
ナレッジグラフ、デジタルスレッド、生成AIの組み合わせはさまざまな業界で応用可能です。いくつかの事例を紹介します。
- 製造における複雑な製品管理
現在多くのの製品は、ソフトウェアが多用され、より機能が豊富で複雑になっています。デジタルスレッドに実装されたナレッジグラフを活用すると、製品と製品ライフサイクルデータの複雑なデータを簡単にモデル化し、管理、視覚化できます。また正確な設計とアーキテクチャのトレードオフ分析をより正確に行えます。
- 医療業界における規制対応
医療業界では、厳しい規制に従い製品の詳細を記した多くの書類を提出する必要があります。これらの作業は手間がかかり、間違いも起きやすいです。生成AIを活用することで、過去のデータやテンプレート、新しい要件を組み合わせ、書類を素早く正確に作成できます。
- 受注設計の問合せから注文までの対応高速化
ナレッジグラフを活用すると、受注にかかる時間を大幅に短くできます。特に高度な製品カスタマイズでは、問い合わせへの素早い対応が必要です。ナレッジグラフを利用して、過去の注文や類似の問い合わせのデータをすばやく調べ、直近の受注を見つけ、その情報を独自の提案と組み合わせて、新しい注文に必要なエンジニアリング情報をすばやく作成できます。
- ハイテク製品の受託製造管理の改善
多くの製品は、企業の内部だけでなく外部のパートナーやサプライヤーと連携して作られています。ナレッジグラフを活用すると、製品の知的財産（IP）へのロールベースのアクセス制御を実現し、さまざまな関係者とのデータ共有が可能になります。
- 消費財業界での製品仕様作成の支援
製品仕様を担当するエンジニアは、さまざまな基準や地域ごとルールへの対応が必要です。取り扱う製品の種類が多く、それぞれ特徴が違うため、素早く正確性な作業が求められます。ナレッジグラフやデジタルスレッドを活用すれば、最初の製品仕様をより短時間で正確にでき、確認と承認にかかる時間を短縮し、迅速にリリースできます。
- 業界全体での部品コストの削減
製品全体のコストを削減するためには、部品の保守コストの削減が重要です。ナレッジグラフを使ったAI/MLサービスの活用で、再利用できる部品と設計資産を特定し、再利用を促がすことで、部品のコストを最小限に抑えられます。
- 設計変更の管理
製品は、不具合の修復、性能の向上、新しい機能の追加のために設計変更が行われます。適切な設計変更をするには、作業時間を短くし精度を上げる必要があります。また、同じ変更を繰り返さないために、包括的な影響とリスク評価が必要です。ナレッジグラフを活用すれば、製品データ、すべてのライフサイクル構造、それらの相互関係ネットワークをつくり、影響と潜在的なリスクを把握できます。
- 持続可能な設計
CAD（コンピューター支援設計）やシミュレーションモデルに、ナレッジグラフから得られる正確なデータを入力して、持続可能な製品づくりに役立つ最適化された設計ができます。また、有害物質に関する情報を設計段階で確認し、その使用を防いだり制限したりすることができます。
新しい価値を創出
デジタルスレッド、ナレッジグラフ、生成AIは、複雑な製品データの中から重要な情報を見つけ出し、企業に大きな価値をもたらす
ナレッジグラフ、デジタルスレッド、生成AIを組み合わせて使うことで、企業の生産性と対応力を高めることができます。具体的には、データに基づいた意思決定を行い、コスト効率の高い製品を提供し、設備の停止時間を最小限に抑えることです。このことで、持続可能で革新的な設計を実現でき、顧客満足度の向上につながります。このような機会を活用するために、企業は、いちはやく行動し企業内の業務プロセスが途切れている部分を見つけ、複雑な製品データを整理することが大事です。また、製品ライフサイクルを追跡できる仕組みをつくり、直感的で効率的な設計を素早く作り出せることも重要です。こうした取り組みができる企業は、すでに大きな成功への道を歩み始めているといえます。
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