この章では、電力業界における3つの変化の原動力(政策の変化、環境意識の変化、人口構造の変化)を説明します。
政策の変化
2011年の東日本大震災を機に、電力システムはより安全で安定した電力供給に向けて見直しを迫られています。それに伴い、日本政府は政策及び法改訂を打ち出しました。
まず、電力システムに関する改革方針です。電力安定供給の確保、電気料金の最大限の抑制、需要家の選択肢や事業者の事業機会の拡大を目標に掲げ、広域系統運用の拡大、小売および発電の全面自由化、法的に送配電部門を分離することによる寡占市場からの自由化、といった改革を進めることが規定されました。
また、2013年から2015年にかけ、三度にわたる電気事業法改正がなされました。このような拡大化・自由化を促す施策により、電力業界は変革を求められています。
環境意識の変化
世界的に地球温暖化への意識が向上し、脱炭素化が唱えられるようになりました。しかし、日本では前述したように、東日本大震災を機に原子力発電の稼働が停止し、その穴埋めとして火力発電の発電比率が上がりました。
火力発電への依存度が高まることで、脱炭素化を目指す時代の潮流とは逆を進んでしまいます。その対応策として、日本は再生可能エネルギーを推進し、「再生可能エネルギーの固定価格買取制度」等の施策が執られました。
この制度はFIT法とも呼ばれ、再生可能エネルギーで発電した電気を電力会社が一定価格で一定期間買い取ることを国が保証する制度です。
人口構造の変化
三つ目の変化の原動力として、日本の特徴的な社会問題――超高齢化社会が挙げられます。
生産年齢人口(15歳から64歳までの人口)は年々減少しており、内閣府によると1 、2015年の7500万人に対して、2060年には4400万人まで落ち込むという推計もあります。
この人口の構造変化により、電力業界においても例外なく働き手の不足が生じており、作業の効率性がより重要視されてきています。政策の変化、環境意識の変化に加えて、この人口構造の変化がさらに電力業界での構造変革を促す社会的要因となっています。
1内閣府
「平成28年版高齢社会白書(全体版)」
これまで説明したように、日本の電力業界は直面する三つの大きな社会的変化に対処することで、効率化及び生産性の向上を目指すと同時に、一企業として利益の追求を求められています。
そこで重要な鍵となるのがデジタル化です。日本では現在、デジタルテクノロジーを導入することで社会変化に対応しようとしています。
以下、電力業界を三つの事業-発電、送電・配電、小売に分類し、それぞれの事業分野での現状とデジタル化のためのユースケースを紹介します。
現状
発電事業においてデジタル化への機運が高まっていますが、同セクターにおいてどういった利益が見込めるのでしょうか。
キャップジェミニコンサルティングの調査によれば、発電業界におけるデジタル化により、500MWの発電所の場合、その生涯において2億3千万ドル、実に27%の費用削減が可能であると述べています。
激変する日本市場で競争していくためには、以上のような利益が見込まれるデジタル技術の早急な導入が求められることは明白です。
現状、発電セクターの業務においての問題は、人間のスキルへの依存と紙媒体などを使用した手作業が多いことを指摘されています。以下の節では、発電事業の業務を三つの側面――運転、保全・巡視、作業管理に分類し、デジタル技術を活用したユースケースを紹介します。
運転
基本的に発電所はコントロールシステムに基づいて運転されていますが、熟練の運転員の勘で運転される場合も少ならからずあります。この現状から3つの問題点が挙げられます。
まず一つ目に、熟練した運転員のスキルに依拠していることで、経験の少ない運転員が行う運転で効率性に差異が生じる点です。二つ目に、人間のスキルに依拠しているにもかかわらず、労働力が減少している点です。三つ目には、人間が設定した値が必ずしも最適とは断言できない点です。なぜなら、人間が一度に考慮できる変数は限られているからです。
これらの問題に対し、費用削減や効率向上を目的とした最適化に関わる様々なユースケースが運転の分野で適用され得ます。AIベースの最適化ツールは、過去のデータとリアルタイムデータを使用し、操作できる変数の最適値を提供します。
こういった例の一つとしてTCSが日本のある大手電力会社と開発したソリューションを挙げることができます。実際に、その大手電力会社の発電所で行ったテストの結果、ボイラー効率を最適化し、運転費用を削減できることが証明されています。
保全・巡視
現状、発電所の保全・巡視は大部分を人の手に頼っています。例えば、巡視員が聴診棒と呼ばれる棒を使用して、毎日の巡視作業で各機器の状態を点検します。この棒を機器に当て、実際にその振動の音を聞くことで機器の状態を把握します。
しかし、振動音により機器の状態を判断する技術の習得には、実に5年から10年ほどの年月が必要であると言われています。こういった手作業をデジタル化できれば、個人レベルのスキルに頼る必要がなくなります。
もう一つの問題は、機器の故障や不具合による発電所の計画外停止です。もし、この故障が前もって予測でき、的確な保全活動ができるのであれば、計画外停止は免れられます。この実現には予兆検知や機器・プロセスの状態監視、残余寿命予測などの技術が適用されます。
これらの技術によって獲得されるデータから保全活動の最適化も可能になります。従来、予め決められた保全計画に沿って保全活動を行っていたものを、データを基に最適化された保全プロセスに置き換えられれば、保全活動の数を減らすなどの効率化が図られます。
しかしながら、これらの技術を導入しても全ての故障を予測できる訳ではありません。これに対して、保全活動を支援するような技術も提案できます。例えば、保全活動に従事する作業員が修理作業の際に過去の故障履歴や作業履歴を参照できれば、予測できない発電所の停止が発生しても、その停止期間を短縮できるわけです。
もう一つのユースケースとして、ドローンや無人搬送車を使った自動・無人巡視が挙げられます。例えば、定期点検の際、ボイラー点検のために足場を作って人間が何日もかけて点検していたものを画像分析のできるドローンに置き換えることで、この点検作業の容易化が図られました。
作業管理
作業管理も現状、多くのアナログ作業に依存しています。例えば、巡視員が日々の巡視活動をする際に、紙のチェックリストを使用したり、機器の異常に際して中央制御室に連絡をとってセンサーの現在値を確認します。また、巡視員が異常を見つけた際、これまでにその問題に対処した経験がなければ、先輩や熟練作業員に連絡を取らなければなりません。
このような現状に対して、作業の容易化を図るユースケースが提言できます。例えば、日々の巡視活動へのAR(Augmented Reality:現実の風景にバーチャルに情報を付加すること、拡張現実) の適用です。例えば、ARを使用して、巡視員がタブレットなどのカメラを通して現場を見た際に、現実世界を映したタブレット上に作業順序が浮き出て、ガイダンスをし、特定の作業・機器に関連するデータを表示することが出来ます。
また、熟練作業員による遠隔支援もユースケースとして挙げられます。ARやスマートフォン、タブレットなどのデバイスを使用し、現場の作業員と遠隔の熟練作業員の間で視覚を共有することで、問題になっている箇所に対して的確な助言が可能になります。
このように、発電事業において、デジタル技術を実装できる場面は数多くあり、直面する問題を乗り越え、目まぐるしく変化する昨今の市場で競争していくためにデジタル化は重要な鍵であると言えます。次の章では、送配電の事業分野に関して述べます。
現状
送配電は、発電と同様に24時間365日必要とされる電力を安定的に供給する為に、欠かせない事業分野です。送配電事業もまた様々な問題に直面しており、これらの場面でデジタル技術を使用することで、より効率的に運用ができます。
前述した様に、東日本大震災で経験した大幅な電力供給不足を機に、エネルギー管理の重要性が知れ渡ったとともに、電力需要と供給の均衡を保つことの難しさを目の当たりにしました。
その理由は、様々な再生可能エネルギーを統括することにより周波数や電圧変動の問題が生じ、停電や工場内・家庭内で使用している機器の故障発生させる恐れがあるからです。
安全性の側面では、変電所内で使用している機器とIntelligent Electric Device (IED)間 の信号に使用する配線が複雑で膨大である為、電気火災事故が起きる危険性が高い状況にあります。また、保守運用の観点から見た主な問題点は、エンジニアの安全性と作業効率の低さ、コストの高さがあります。
現状、作業員が現場に出向き、電柱から吊るされた状態で自身の目で状況を判断し、点検に努めています。さらに、山岳地帯や森林地帯では、双眼鏡や場所によってはヘリコプターを使用して点検を行っており、困難さを伴います。加えて、労働人口減少という人口構成の変化も送配電の分野に影響を与えています。
分散エネルギー資源管理システムの最適化
まず、電力需要と供給の均衡を保ちながら、エネルギー管理をする方策として、分散エネルギー資源(DER) のシステム管理を行うことが挙げられます。大規模な情報通信基盤を使用したバーチャルパワープラント(VPP) を機能させることで、DERシステム管理ができます。
DERの強みとして、従来まで供給が不安定であった太陽光発電などの再生可能エネルギーを、分散された複数のエネルギー資源をまとめて管理する為に、効率的かつ安定的に使用できます。
また、VPPの強みとしては、他にもあり、例えば災害時の電力供給機能としても役割を果たすことができる点があります。また、環境に害を与えるガスの排出が無い点、大規模な発電所を建築しなくて良い点もVPPの優位として挙げられます。
また、送配電線の容量は、大抵の場合、その地域特有の過酷な気候状況に合わせて固定されています。しかし、センサーデータを用いて気候状況の変動を読み取り、リアルタイムで送電線の容量を調整することで、より効率的に管理する事ができます。これをダイナミックレイティングといい、設備投資を抑制することが可能です。これも送配電事業における、デジタル化がもたらす価値だといえます。
運用関連
送配電には欠かせない変電所内では、機器とシステム間の全信号をデジタル化することで、変電所内の空間を拡張でき、電気火災事故に対する安全性を高められます。また、発電事業と同様に、送配電事業でも機器から得られるデータを分析、予測することで機器の状態を可視化し、透明性を高め、より計画的かつ効率的に作業を行うことができます。
点検関連
点検の分野で導入できるユースケースとして、ドローンやロボットを活用した点検、またデータを活用した異常検知があります。ドローンの導入で、電柱の状況を遠隔地からビデオを通して点検でき、また画像データを用いて故障が発生する時期を予測し、予め修理を計画する事ができます。
これにより、効率的なリスク管理を実現できます。遠隔地で状況を一括で管理できる為、効率的かつ安全に点検ができるだけでなく、労働人口の減少に直面している電力業界にとってもこのデジタル技術の活用は高い価値を生み出すといえます。
第3章では送配電の事業分野に関する紹介をしました。次の章では小売の事業分野の説明を行います。
現状
小売のユースケースは大きく分けて3つの分野に分類されます。1つ目は運用、2つ目は顧客サービス、そして3つ目は電気自動車(EV)です。一般的に小売事業では、IoTの活用による従来の電力小売の高効率化と利便性の向上について言及される一方、再生可能エネルギーとEV関連では新規ビジネスモデルに関して言及されることが多いです。
自由化・低圧電力の市場緩和に伴い新たなサービスが台頭しており、労働力不足(人口減少)と環境への配慮(脱炭素化)による効率化が追求されています。再生可能エネルギーとEVの面では「2. 電力業界におけるこれまでの変化」でも言及した通り、FIT終了が近づくにつれ、自家発電した電力の自家消費を促すなどの「脱炭素化」に貢献する新規サービスが今後も続出することが予想されます。
また、FIT終了後、一般消費者は自家発電で生じた余剰電力を電力会社に売ることができなくなるため、消費者は自家発電をした電力を売らずに自家消費をすることが推奨されます。
次の節では、それぞれの3つの分野で展開できるユースケースを紹介します。
運用関連
小売事業における運用では現状、多くの場面でアナログ作業が行われており、小売事業が抱える課題となっています。まず1つ目に、電力メーター点検、需要予測作業があります。一つひとつの家庭に点検作業員が訪問し、メーターを点検、メーターから読み取り作業を行い検針をも作業員を通して行われます。生産年齢人口が減少している現社会において、人材の確保が難しく、コストにもなっています。もうひとつの課題としては、需要予測がある程度人間の経験と勘によって行われており、熟練作業員の技量に依存している点です。
このような課題が残る運用の分野において、以下のユースケースが紹介できます。まず、メーターのデジタル化が挙げられます。メーター点検を遠隔地から行えるだけでなく、検針も同様に遠隔操作で行うことが出来る為、人口減少傾向にある日本社会において有効なだけでなく、労働費の削減にも繋がります。また、予測作業においても熟練作業員の経験と勘に依存することなく、AI分析を通じて複雑なデータの挙動をつかみ安定的に高い精度をもって作業が行える利点もあります
従来、電力供給は電力会社を中心に供給の制御をしていますが、需要と供給の均衡を取ることの難しいのが実情です。しかし、デジタル化によるデータ取得を行い需給の状況を管理し、消費者を中心に需要量を制御してもらうデマンドレスポンス管理ができる点は、デジタル化のひとつの有効なユースケースです。
例えば、電力需要ピーク時に、電力会社が節電依頼をした場合、電力使用者がその依頼に応じればインセンティブを対価として支払う、もしくは電力使用者の電気使用量の単価を上げることが例として挙げられます。
また、日本の特徴である高齢化社会に着目し、高齢者をターゲットに見守りサービスを提供することも考えられます。具体的には、高齢者家庭の電気使用量や消費パターンをデータとして管理し、電気使用量が極端に減少した際や消費パターンが変動した際に遠方に住む家族に通知を送るサービスは、新たな小売サービスとして電力会社が提供できる例です。これらのシステム基盤をもTCSが構築することが可能です。
最後に小売事業では、電気自動車(EV)、プラグインハイブリッド自動車(PHV)、燃料電池自動車(FCV)の活用により事業の拡大が見込めます。これまで、電力の蓄電が難しく、電力供給が滞る緊急時などには電力需要者が生活困難な状況に陥り易い環境でした。しかし、EVやPHVを活用することにより、自動車に蓄電することができ、緊急時や電力需要ピーク時に電力源として使用することができます。このことをヴィークルトゥーホーム(V2H)と呼びます 。
また、家庭における電力使用量などを管理するエネルギーマネジメント(EMS)は、これまで家電に限定されていました。しかし、EVや自然エネルギーの発電もEMSの対象として機能することができる点を考えると、これからEVや自然エネルギーの生み出す価値の高いことが分かります。
昨今、耳にするようになった人も多いブロックチェーン を活用し、このEVシェアや自然エネルギーの取引を容易かつ安全に実現することができます。ブロックチェーンのソリューションもTCSが提供できるユースケースの例として挙げられます。
この白書では、日本の電力業界が政策の変化、環境意識の変化、人口構造の変化など様々な社会変化の影響を受けて、新たな時代の幕開けを迎えていることを述べました。また電力業界の発電事業、送配電事業、小売事業それぞれで直面している問題とその解決策となるユースケースを提案しました。
デジタル化により、従来、熟練作業員の経験と勘に依存していた運用の場面で、AIによるデータ分析を用いて経験の長さに関わらず作業し、効率を高めることができ、また、現地まで足を運ぶ必要があった保全の場面でもデータと遠隔操作を用いて点検を可能にすることができます。
実際にこれまで日本TCSは、電力業界においてグローバルで積み重ねてきた経験と知識をもとに、世界屈指の国内の大手電力会社様に、AI、ビッグデータ、機械学習や深層学習などのデジタルソリューションを提供してきました。
この新たな時代に、デジタル化を通じてお客様に常に高い価値を提供できる環境を備えているのが日本TCSです。日本TCSはお客様の継続的な企業の成長に貢献する為に尽力していきます。