私の父は、昔、マネージャーとして中堅企業に勤務していました。時々、特に夏休みの間、父は私をオフィスに連れて行ってくれ、私はオフィスに座って静かに彼が仕事をするのを見ていました。よく同僚がやってきて、父が口頭で伝える文書の内容をメモしていましたが、その文字は見たことのないような文字で、私にはほとんど意味が分かりませんでした。
私たちの現在の都市環境における設計は、1世紀以上前に行われた漸進的な決定が直接的に影響しています。
その後、その同僚は自席に戻って、レミントンのタイプライターで文書を打ち出します。コンピューターの時代になる前は、タイプライターは機械工学の粋を集めた驚異的な機械で、タイプライターを打つ音は、すべてのオフィスで心地よいバックグラウンドサウンドとなっていました。タイプし終わった文書は、封筒に入れられて「Out」と書かれたトレイに入れられます。1時間に1度、郵便係がたくさんのトレイがついた大きな棚を押しながら回ってきて、オフィスにある「Out」と書かれたトレイの中身を回収していきます。回収された封筒は、郵便室に集められ仕訳された後、また配達されていくのです。再度何人もの郵便係が同じような棚を押しながら社員のデスクをまわり、受取人のデスクの上にある「IN」とかかれたトレイに封筒を入れていきます。
電子メールや、パソコンが登場する前のオフィスにおけるコミュニケーションは、このように行われていたのです。郵便室や郵便係の従業員は、いまでは私たちのオフィスから姿を消してしまいましたが、現代のワークプレイスにおけるユーザーエクスペリエンスの中には、この過去を擬態的に表現したビジュアル要素がいくつかあります。送信ボタンには封筒のマークが使われています。メールクライアントには「Inbox(受信トレイ)」と「Outbox(送信トレイ)」がありますし、メールをほかの人にも送りたい場合には、ミレニアム世代のほとんどの人々は意味がわからないであろう用語、Cc (Carbon Copy:カーボンコピー)を使います。カーボンコピーは、ワックスと顔料が塗布された紙を使って、ペンまたはタイプライターで文書を作成すると同時にコピーを作成することができるものです。
単なる過去の視覚的な記憶を超えて、ワークプレイスは、文化的・手続き的の両面で過去になされた増分的な決定を継続し続けており、これらの決定はしばしば重大な影響をもたらしています。
私たちの都市環境の設計は、1世紀以上前に行われた漸進的な決定が直接的に影響しています。 工場を都市から、かなり離れた場所に置く一方で、オフィスはビジネス街に集中させ、人々は毎日長距離通勤しています。ですが、この選択は、産業の自動化、輸送、物流の技術により世界規模の企業が可能になった世紀の変わり目の際になされたものです。パーソナルコンピューターやデジタルコミュニケーションテクノロジーが登場した後も、この基本的な設計は変わっていません。よりスマートでセンサー駆動のクライメートコントロールシステムが導入されたにもかかわらず、ワークプレイスにおける二酸化炭素排出量は高いままです。また、従業員はいまだに長距離通勤を続け、高解像度のビデオ会議ツールがあるにもかかわらず、会議に出るために年間何百万キロも飛行機で移動しています。
今後の戦略としては、メールクライアントやソフトウェアのUIとは異なり、過去のものを積み上げていくような漸進的な発想は避けなければなりません。
この特定の形態での都市化という1世紀前からのサイクルは、他にも社会的な影響を世界中にもたらしてきました。それは、都市部と小さな町における機会と経済成長の格差であり、また、世界のいくつかの大都市では、公害が危険なレベルに達しています。また、仕事のほとんどは、実際にその必要がないのにもかかわらず、場所重視で行われています。
世界的なパンデミックにより、私たちはこのモデルを根本的に見直さざるを得なくなりました。数ナノメートルのウイルスが世界の経済エンジンを停止寸前まで追い込んだとき、私たちが当たり前と考えていた設計上の決定の多くが問われました。企業は、従業員のためにリモートワーク機能を迅速に導入し、また、このような状況に対応するためにサイバーセキュリティ業務を迅速に拡大しなければなりませんでした。企業は、リモートワーカーの生産性を測定し、促進するのに苦労し、コラボレーションのための高いコストに直面していました。リモートワークに慣れていない従業員はツールを使い続け、リモートワークに適していないコラボレーション文化に苦戦していました。現在、企業ではワークプレイスに立ち返り、今後の仕事をどのように再設計するかについての長期的な戦略を検討しています。今回は一歩引いて正しい設計をする価値があります。私たちはこれまで、ハイパーコネクテッドで都市化された世界において世界的なパンデミックに対処する準備ができていませんでした。私たちの今後の戦略は、メールクライアントやソフトウェアのUIとは異なり、過去のものを積み上げていくような漸進的な発想は避けなければなりません。
これを「ニューノーマル」と呼ぶのではなく、「ニュービギニング」と呼びたいと思います。 これは、ワークプレイスの未来を変革するチャンスなのです。
パンデミックにより人々の命が失われ、経済的損害がある中、長期的に維持する価値のある変化があります。従業員が長距離通勤をしなくなったため、都市部の空気がきれいになりました。また、リモート勤務となることで、子供と過ごす時間が増え、以前よりもライフワークバランスが向上した従業員も多く、TCSに限って言えば、仕事のボーダレス化という長期的な約束が見え始めています。リモートで効率的に実施できる作業には、ヒューマンクラウドの認知能力をフルに活用する機会もあります。AIアプリケーションを構築するPython開発者になるために、南インドのティルネルベリの故郷からムンバイに移動する必要がないとしたら、それは単に大都市の混雑を改善するだけではありません。これは、世界中のどこにいてもPython開発者にアクセスできることを意味します。大規模に行われた場合、長期的には積極的な脱都市化の可能性さえ秘めています。
私たちも知っている通り、これは企業にとっては、大きな変換点です。これを「ニューノーマル」と呼ぶのではなく、「ニュービギニング」と呼びたいと思います。 これは、ワークプレイスの未来を変革するチャンスなのです。この変換点は、最前線の従業員のリモートワークと安全な仕事への復帰を可能とするだけではなく、以下のことを可能にするチャンスなのです。
オフィス用不動産や従業員の長距離通勤という点で、環境にやさしい企業にすることができます。このニュービギニングにおける企業は、後天的ではなく、最初からサステナブルであるべきです。
人々が場所に依存せず、時間的に適応可能なヒューマンクラウドの完全で柔軟なコグニティブケイパビリティであるモデルに変革することが可能です。これは企業の歴史上最大のリ・イマジネーション(想造)のひとつであり、ボーダレスな人材プールを真に活用できる企業が成功することになります。
ボーダレスワークスペースは包括的なワークスペースでもあり、ジェンダーや地理的な格差など、既存の社会的格差を超えて公平な機会を提供することができます。
新たなワークプレイスは、信頼、連携したセルフガバナンス、そして、作業の成果ベースのアプローチ上に構築する必要があります。
しかし、これは簡単なことではありません。迫り来る過去の影が、変革的変化の強力な阻害要因となるからです。多くのBAUのルールに疑問を抱き、最初から書き直していく必要があるのです。新たな組織は、新しくてクールなリモートワークのテクノロジーをただ展開するだけではなく、変革をしていかなくてはなりません。新しい人材育成、ワークプレイス分析、ジャストインタイム学習、ワークアウト・アウト・ラウド型のアジャイルなコラボレーション文化が重要になってきます。企業は、新たなナレッジエクスペリエンスを設計し、リモートで働く第一線の人々のアンビエントアウエアネスを常に醸成できるようにする必要があります。自動化が人間とともによりよく機能するよう、自動化をヒューマナイズ化していく必要があります。物理的な距離をとることに対する設計を行う一方で、社会的なつながりに対する設計も必要なのです。そして、新たなワークプレイスは、信頼、連携したセルフガバナンス、そして、作業の成果ベースのアプローチ上に構築する必要があります。
TCSのセキュアボーダーレスワークスペース(Secure Borderless Workspaces™、以下SBWS™) は、この旅に乗り出すためのフルスタックソリューションフレームワークで、以下を可能にします。
TCSは SBWS™を活用し、顧客が新たなワークモデルに適応することを支援しています。
現在、オランダの保険会社VIVAT社と米国の人材派遣・紹介会社マンパワーグループの2社がTCSのサービスを利用しています。
ロックダウンになった際、オランダの保険会社VIVAT社は、従業員の安全を犠牲にすることなくサービスを確実に提供するという2つの課題に直面しました。TCSはVIVAT社と協力し、複数の事業継続オプションを策定しました。策定にあたっては、IT、セキュリティ、ビジネスチームと共同で、すべての事業継続オプションについて詳細なリスク評価を作成しました。その後SBWS™が導入され、必要なリモートIT機器のアクセス、セキュリティ、柔軟性、信頼性がVIVAT社に提供されました。
ワークフォースソリューション会社であるマンパワーグループは、この危機に際し、クライアントが新たな人材の要件を満たすことを求めてくることが分かっていたため、できるだけ早く業務を復帰させたいと考えていました。SBWS™モデルは、マンパワーグループの全世界の従業員における98%にシームレスに導入されました。リモートで実行できるデバイスへのアクセス、可用性、許可されたオペレーションなど、さまざまな要件があったにもかかわらず、米国、ヨーロッパ、インド等、各地の拠点で導入されました。
SBWS™ はネイティブにアジャイルな哲学でもあり、テクノロジーへの既存の投資を評価し、ワークプレイス変革の道のりに徐々にかつ迅速に勢いをつけていきます。同時に、これは急速に進化している領域でもあります。すべての答えを持っていると主張することは、弊社のスタイルではありません。私たちは今、国境が閉鎖された世界にいるかもしれませんが、これはアイデアがより自由に流れる機会なのです。弊社は、この旅を始めることを支援することができます。ともに協力し、ニュービギニングを作っていきましょう。
※掲載内容は2021年4月時点のものです。