ビジネス環境の変化や DX 推進により、企業のクラウド利用が拡大しています。しかし、その環境は複雑化し、クラウドを活用し切れていない企業も多いといわれています。クラウド利活用の成功の鍵について、当社の森 誠一郎がビジネス変革の視点で、洪 種敏がテクノロジー変革の視点で対談した内容をお届けします。
日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ株式会社 常務執行役員 コンサルティング & サービスインテグレーション統括本部長
森 誠一郎 (もり・せいいちろう)
約20 年のコンサルティングの経験を有する。金融・保険、製造、通信など多岐にわたる業界の企業に対して、事業戦略、ビジネス開発、業務やシステム改革など、テクノロジーを活用した大規模変革プロジェクトの支援を得意とする。座右の銘は「テクノロジーで人を幸せにする」。
森──コロナ禍を経てリモートワークなどの働き方が多様化し、各種ビジネスにおいても、オンラインサービスへの移行やデジタル対応が急務となっています。また、地政学的な問題によるサプライチェーンのリスクもあります。ビジネス環境が激しく変化する中、IT も柔軟性やレジリエンスを確保しなくてはならず、クラウド活用がますます求められています。多くのクラウド活用を支援してきた洪さんから見てどうでしょうか。
洪──これまでのクラウド利用の主な目的はコスト削減と捉えられていました。しかし、最近では多くのお客さまが「どのようにビジネスに活用するか」に主眼を置き、クラウドを検討されています。生成系 AI の出現を背景に、自社のデータが何を生み出すのか、また、外部とのデータ連携がどのようにビジネスの発展に貢献できるのか、という視点を重視するように変化しています。
森──日本でもDX(デジタルトランスフォーメーション)が浸透してきました。デジタル活用には、DigitizationとDigitalization があります。前者は、デジタル化による業務効率向上やコストダウン、後者はデジタル活用によるビジネスの在り方の再定義をそれぞれ指しています。今、企業に求められている DXとは、こうしたデジタル活用を基に創出した新たな商品・サービス、ビジネスモデルを通して新たな顧客体験や事業価値を創出することです。その実現の鍵となる手段、つまり「DX のイネーブラー」がクラウドだと言えます。例えば、製造・販売だけの会社から、モビリティサービスを提供する会社へと変わろうとする自動車メーカーは、DX の目的の一つに、顧客体験の向上を掲げています。そのためには顧客のインサイト、つまり心が動くツボをデータとして得ることが必要で、一連のプロセスでクラウドの役割は非常に重要となっています。
洪──そうですね。多くの企業がクラウドを利用する際、最初に思い描くのは、オンプレミス環境で稼働している従来のシステムをそのままクラウドに移すことでした。しかし、クラウドへの移行とは、単純にワークロードを移すことではなく、ビジネスそのものを移すということです。今ようやく、ビジネスをクラウドに移行したその先をどうするか、戦略や方針についての議論が活発になってきているように感じます。
森──クラウドの分かりやすいメリットとしては、その柔軟性を生かし、ウェブサービスのトラフィックに応じてリソースを拡張・縮退してコストを最適化するといったことがあります。しかし、DX の核心はデータの活用にあります。自社事業の競争優位を獲得するために必要な情報(インサイト)は何か、そして、そのインサイトを得るためにどのようなデータが必要なのか、さらにそれをどうやって社内外から効率的に取得するのか…という視点での検討が求められます。こうしたデータを効果的に取得・蓄積・活用する仕組みを構築するためには、手段としてクラウドや AI(人工知能)などの技術が必要となります。
洪──おっしゃる通り、クラウドはあくまでもビジネスに変革をもたらすためのツール。良質なデータがないことには新たな価値を生み出すことは難しいです。また、ITインフラ基盤を単純にクラウド環境に変えただけでは、利用機能の重複や、適切なサービスを選択できずコストが増大することもあります。さらに、セキュリティー対策の実行・管理など、検討すべき課題は実はたくさんあります。
日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ株式会社 クラウドビジネス統括本部長
洪 種敏 (ほん・じょんみん)
日系や外資の複数社で、マネジメント職を含めIT 関連のさまざまな職種を約20年経験。国や地域をまたぐクラウドサービスの提供およびクラウドソリューションアーキテクトリードを担った経験から、クラウド導入だけでなく、企業がビジネス上の成果を挙げられるクラウド利活用を実現することに注力している。
森──従来は、社内ネットワークに VPN を導入していたのが、クラウドを使うとなると、社内外の線引きも非常に曖昧になります。そうした中で、どうやってセキュリティーを守っていくのかも重要です。オンプレミス環境とクラウドの併用や、マルチクラウド利用など、複雑化したクラウド環境をいかに効率的に運用するかも事業運営の重要な課題と言えると思います。
洪──最近では、データ活用のため AI などのテクノロジーを使った分析も進んでいますね。
森──金融・保険や小売りの分野では顧客体験の向上が非常に重視されています。例えば、ウェブサイトを利用する顧客の現在の状態や位置情報をデータとして取得、分析し、それに基づくサービス提供が行われています。また、各種テクノロジーを使ったクラウド活用例にデジタルツインがあります。工場内のさまざまな装置の入出力をデジタル空間に再現することによって、予知保全などの先進的な取り組みが実現しています。最近では、外部の生成 AI 事業者が提供する API など、オープンイノベーションの仕組みを自社のプロダクトに取り入れるような例も続々登場していますね。
洪──クラウドというと、インフラだと思われがちですが、データベースなどのプラットフォームやサーバーレスコンピューティングなどのファンクションそのものを提供するサービスもあります。また、各種クラウドに対応しているオブザーバビリティソリューションを適切に利用すれば、ITリソースがどのように使われているかを可視化・分析し、どこにコストがかかっているかも見える化できます。これによりガバナンスを効かせ、その後の事業戦略に役立てることができます。
森──先端技術を使うことは、人材育成やモチベーション維持の観点でも役立つと感じています。
洪──その観点でも、現代のビジネス環境の中でサーバーを自社で持ち続けることは避けた方がいいと考えています。クラウドの導入により、技術者の働き方も変わってきました。以前は、何か問題が発生した際にはデータセンターへ直接足を運ばなければならないこともありましたが、今はそのような制約はありません。どこでも働ける環境を整えることで、高度な人材の確保を容易にしたお客さまもいらっしゃいます。
森──クラウド活用のポテンシャルは高くても、うまく活用できていない組織も多いですよね。これには、ビジネス側と情報システム部などのテクノロジー側、それぞれに課題があると考えています。ビジネス側は、これまで IT システムなどを全て情報システム部門に頼る傾向にありました。このため、ビジネス側ではクラウドのサービスの使い方や活用法についての知見が不足しています。一方、テクノロジー側では、クラウドサービスの不適切な使用やガバナンスにおける対応について課題があります。
洪──インターネットを通じて手軽にクラウドを利用できる分、使い方を間違えると不用意に機密情報が流出するリスクが高まっています。
森──ガバナンスの教育や情報の流出を防ぐ仕組みの導入が必要ですが、多くの企業はこの点においてまだ完全ではないと感じています。どういったアプローチが適切でしょうか。
洪──日本の多くの企業は機能別に組織を構成してきました。テクノロジー部門では、ネットワークやインフラ、アプリケーションなどそれぞれのチームが存在するケースが多く見られます。このような構造の中で、クラウドに関してはどのチームが責任を持つべきかという問題が浮上します。一つの解決策として、クラウド活用の専門家として横断的に支援する「クラウド CoE(Center of Excellence)」と、現状をゴールに近づけるためにクラウド化全体のプロジェクトを管理する「トランスフォーメーション・マネジメントオフィス」という窓口の設置があります。共通のゴールを設定し、各チームのコミュニケーションを活発にしながら取り組むことがクラウド活用の成功につながるのではないでしょうか。
森──同感です。ソフトウエア開発のスタイルも機能別の分業から部署や役割をまたいだチームの共創へと変化しています。従来のウォーターフォール型のアプローチから、クラウドを基盤としたアジャイルや DevOps の手法が主流となりつつあります。アジャイルの考え方では、一つのチームの中にアプリケーションエンジニア、インフラ、ネットワークなど、さまざまな専門家がいて協働することが前提となっています。こうしたビジネス側、テクノロジー側それぞれの課題に加えて、両者の関係が、クラウドをうまく活用できない要因になっていると私は考えています。
洪──そうですね。クラウドを適切に活用するには、ビジネス側が方針を、テクノロジー側がアーキテクチャーをそれぞれ検討するという横断的な推進体制で取り組むとよいでしょう。ビジネス側の方針検討では、クラウド活用の戦略、費用対効果やビジネスリスクの検討、人員育成や組織変革、クラウドガバナンスの策定に向けて各所の調整を行います。テクノロジー側は、現行環境の可視化や、ToBe モデルの技術方針、セキュリティー対策、ベンダーの役割分担方針、運用を見据えた要件整理など、技術的な観点で活動します。
森──ビジネス側は、テクノロジー側に常に問い掛ける姿勢が必要です。アジャイル開発のフレームワークの一つであるスクラムチームは理想的な組織構造です。ビジネス側のメンバーがプロジェクトやプロダクトのオーナーシップを持ち、そのリーダーシップの下、スクラムマスターがプロジェクトの管理を担当します。そして、エンジニアをはじめとするさまざまなスキルセットを持ったメンバーがチームに参加します。これにはインフラのエキスパートから、コードを書く人、さらには UI / UX デザイナーまで幅広い専門家が組み込まれます。先進的な企業はこのようなアプローチによって成果を挙げています。
日本TCS が提供するエンド・ツー・エンドのクラウドサービス
森──クラウドをうまく活用するためには、ビジネス、人材育成、ガバナンス、テクノロジー、セキュリティーなど多岐にわたる課題を考慮し、専門的なパートナーが寄り添うことが欠かせないと私は考えています。ユーザー企業の方々がパートナーを選ぶためのポイントは何でしょうか。
洪──まずは、クラウドを利活用したビジネス変革に向けた戦略立案から、ビジネス価値を創出するソリューションの提供、クラウド環境への移行、マルチクラウド環境の複雑な運用に至るまで、クラウドに関するさまざまな課題にシームレスに対応できることです。
森──冒頭、クラウドはビジネスに寄与するフェーズに入っている、という話がありました。これには、ビジネスとテクノロジー全体を俯瞰し、何をどこまで最適な手段でつくるか、といったことを考える必要があります。そのためには、これらを包含するエンド・ツー・エンドのケイパビリティーが不可欠でしょう。
洪──グローバルに事業を展開しているタタコンサルタンシーサービシズ(TCS)は、大手クラウドベンダーであるAmazon や Google、Microsoftといった企業と密接に連携し、ベストプラクティスを取り込むことができています。ベンダー各社と強い関係を持ちながらも、特定のベンダーやプロダクトにとらわれないニュートラルな立場で最適な方法を提案できることはお客さまに評価されています。
森──グローバルな視点で豊富な知見や緊密なネットワークを有していることは、お客さまにとってのアドバンテージにつながりますよね。日本でまだ導入されていない新しい技術を、ベストプラクティスと共にいち早く取り入れることができるからです。
洪──その通りです。
森──当社では、クラウド提供体制をより一層強化するため、クラウドビジネス統括本部を新設しました。どういった役割を果たしたいと考えていますか。
洪──はい。TCS が持つクラウド人材やパートナーネットワークを集結し、コンサルティングをはじめ、データアナリティクスや IoT などの関連する部門と連携することで、お客さまのビジネス価値の最大化を実現することを目指しています。
森──われわれコンサルティング部門も、その実現に向け一丸となって取り組んでいます。クラウドに限った話ではありませんが、お客さまのビジネス価値を最大化するためには、特に、お客さまの社内にノウハウを残し、お客さまが自走できるようにすることを重視しています。
洪──コンサルタントやテクノロジーパートナーに一任するのは楽かもしれませんが、それではお客さまの社内に人材が育たず、DX 実現のための能力が養われないからですよね。
森──その通り、長期的には得策とは言えません。実際に進める際は、まず TCS のメンバーがリードし、段階的にお客さま側にノウハウを蓄積していきます。最終的には、われわれが後方から支援する中、お客さま自身が実際の業務を行えるようになるということです。
洪──私たちは、プロジェクトの過程でお客さまとの対話を通じて、非常に多くの質問をします。中には、自分たちの役割や責任が思っていたよりも大きいと感じる方もいらっしゃいます。しかし、その結果として、お客さま自身がビジネスとテクノロジーの両面で自ら考え、戦略を練る能力をより高めることにつながります。
森──コンサルティングのメニューの中で、お客さまの変革や人材育成を支援するチェンジマネジメントのサービスも提供しています。必要なスキルを定義し、外部調達するか、それとも自社内での成長を促進するかを一緒に考えることもあります。
洪──これもクラウドに限ったことではありませんが、当社では人材不足の問題に対して、オフショア人材を活用する取り組みも行っています。実装段階からでなく、ビジネスの議論をする初期段階からグローバルな知見をすぐに取り入れることができますのでぜひ体験してもらいたいです。
森──繰り返しになりますが、クラウドは DX 実現のキーであると考えています。当社では、DX を実現したいお客さまが主役となり、グローバルな知見でビジネスとテクノロジーの両面から課題解決をサポートしています。当社の支援が終了した後には何も残らない…という状況をつくりたくありません。お客さまにとって長期的な価値を提供することを目指し、最適なサービスをエンド・ツー・エンドで提供したいと考えています。
※掲載内容は2023年12月時点のものです