「2025年問題」が、企業のITを取り巻く業界で注目されている。
経済産業省によれば、日本では2030年までに60万人のIT人材不足に直面するという。そして、同じく経済産業省の推計では2025年には基幹システムの6割が老朽化し、再構築や改修が必要になるとの報道もあった。さらにこれからの企業はシステムの老朽化対策以外にも、AI(人工知能)やビッグデータの活用といったデジタルトランスフォーメーションへの対応や、トレンドへのキャッチアップの必要性も高くなる。
なかでも、基幹システムにERPパッケージであるSAPを採用している企業は、「SAPの2025年問題」にも直面する。これは、SAPの現行バージョンであるERP6.0の保守サポートが2025年に終了することに端を発している。次期バージョンとなるSAP S/4HANAは、今後のビジネスの変化に対応するため新しいアーキテクチャを採用していることから、S/4HANAへの移行は単なるソフトのバージョンアップ対応というわけにはいず、抜本的な対応が必要になるという問題だ。
この技術的、機能的な課題にとどまらず、もう1つの2025年問題がSAPユーザー企業のITに忍び寄っている。それがIT人材の枯渇問題であり、すなわちSAPの2025年問題に対応する際のSAP人材確保の必要性につながる。2025年に向けてこれからS/4HANAへの移行を検討し始める2000社を超えるSAPユーザー企業が、SAP人材の不足によって基幹システムの再構築や改修をスケジュールどおりに進められないといった悲劇も予測される。
IT人材、SAP人材の枯渇という「もう1つの2025年問題」に対応するには、どうしたらいいだろうか。
これらIT人材不足に対して明確な指針を提示しているのが、日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ(日本TCS)である。同社 エンタープライズアプリケーションサービス統括本部 S/4HANAソリューション本部 本部長の山下 敬は、「IT組織やIT人材の転換」「自動化やグローバルリソースの活用」によって、もう1つの2025年問題を解決できると指摘する。人材、ナレッジ、経験、設備など、広範囲にわたるグローバルリソースの活用を視野に入れる必要が高まっているのである。
それではIT人材、中でも特にSAP人材を確保する秘策はあるのか。不足するのはユーザー企業のIT部門、IT子会社の人材だけでなく、ITベンダーの人材も同様である。容易にSIerにアウトソーシングできるかというと、それすらも2025年が迫るにつれて対応が難しくなりそうだ。この八方塞がりにも見える状況で、一体どうすればよいのか。山下は、IT組織やIT人材に対する根本的な考え方を変革していくことが、IT人材枯渇への処方箋として必要になると呼びかける。
日本TCSでは、大きく4つの「転換」を提案している。1つ目は、「必要スキルの転換」。AIやビッグデータ、IoTなどの広がりに連れて、ITに求められるものが変化し、それに伴う必要スキルの変遷に対応しなくてはならない。2つ目が「IT要員が担う業務の転換」で、コストセンターとしてではなくビジネスに直接寄与するためにIT要員のバリュー向上が求められるようになる。3つ目が「要員調達の転換」。内製から外製へ、国内からグローバルへ、人手から自動化へといった要員確保の考え方や方法の変化が必要になる。最後が「IT業務環境の転換」で、自社や自業界の慣習・考え方にとらわれないグローバルスタンダードのITへの転換の道筋をつけることである。
これらの変化を、大きくまとめたのが図1だ。IT業務には、「IT企画」「IT導入」「IT運用保守」といった業務の流れ(図では左から右)がある。さらに、それぞれの業務が「管理」と「作業」に分けられる(図では管理が作業の上に位置する)。山下は、「IT人材枯渇問題に対して“シフトレフト・シフトアップ”を提案します」と語る。企業のIT部門やIT子会社、ITベンダーのいずれを見ても、業務の多くは「IT運用保守」の「作業」に偏っている。図の右下に寄った部分である。ここは既存システムの安定稼働がミッションの中心であることが多く、生産性を高めたり新しい価値を生み出したりする役割は少ない。得難い人材と能力を、より直接的に利益につなげる方法はないのだろうか。
そこで、図では左側、上部に示したIT企画かつ管理の業務に人材をシフトして、企業の競争力向上に注力するのが、「シフトレフト・シフトアップ」の考え方である。どのように人材の配置転換や組織改変をするかといった施策は企業ごとのポリシーに従って取り組まれるが、日本TCSではシフトレフト・シフトアップを実現するための各種ツールやソリューションを提供し、企業のIT部門やIT子会社の業務効率化をサポートする。
具体的には、「必要な人材数の削減」と「投入人材数の最大化」という2つの軸で考えるとわかりやすい。目的は、図の右下の部分の業務の負担を軽減し、人材を左上へとシフトすることである。右下の運用保守の作業に近い部分について、AIや自動化の技術を活用することで人が実施する必要のある業務量を削減し、物理的に必要な人員を抑えることが1つの方法だ。さらにもう1つ、SAPの2025年問題への解としては、リビルドとコンバージョンの最適化が挙げられるという。
「S/4HANAへの移行には、全面的に再構築をするリビルドと、既存のシステムからのバージョンアップで対応するコンバージョンの2つの方法があります。理想論だけ言えばすべてをリビルドしたほうがいいのですが、要件定義から始めるとIT企業、ITベンダーともに日本のリソースを多く必要とします。一方で既存システムからのコンバージョンならば、ある程度は機械的な対応が可能で、グローバルのリソースや自動化技術が適用できます。これらのバランスをうまく取ることが必要です」(山下)
日本とインドのリソースを効果的に組み合わせたハイブリッド・デリバリーを基盤として、具体的には以下の2つのデリバリーモデルを組み合わせて提供する。1つが、TCSが提唱する「Business 4.0™」の構成要素であるインテリジェンス、アジャイル、自動化といったテクノロジーを活用し、S/4HANAコンバージョンを効率化する「ファクトリーモデル」。もう1つが、アプリケーション運用・保守サービス (AMSサービス)を効率化する「マシンファースト・デリバリーモデル」である。
まずファクトリーモデルは、コンバージョンを中心に効率化を推進する。その1つの機能が、インドのTCSと日本TCSの明確な役割分担を行ったうえで、作業の標準化・自動化を徹底したインドのファクトリー。インドのTCSには、日本SAP市場に向けたデリバリーファクトリーが用意されている。日本TCSでプロジェクトマネジメントや要件定義などの企画に近い工程を担当し、人材からナレッジ、設備まで含めたインドの豊富なリソースを活用して標準化されたS/4HANAへのコンバージョンを実施することで、効率化を図る。
さらに、コンバージョンの自動化を推進するために、SAPの認定を受けたTCS独自のツールも用意する。その1つがコンバージョンによる影響を分析する「ACE+」で、特に日本ユーザーのシステムのように作り込んだアドオンが多い場合に、バージョンアップによる影響を事前にアセスメントして改修の工数を最小限に抑えることができる。もう1つは、テストを自動化する「FastForward」で、コンバージョン後のテスト作業の効率化と品質担保を可能にする。
もう1つのデリバリーモデルが、マシンファースト・デリバリーモデルである。TCSが提供する次世代のAMSサービスでは、最先端技術を適用した複数のソリューションを組み合わせ、マシンファースト*を実現している。これは文字通り、人間が対応するよりも前にAIなどを駆使した「マシン」が運用保守におけるイベントに対応し、人的リソースを有効活用できるようにする思想から生み出されている。
* AIやオートメーションなどのテクノロジー(マシン)の活用を第一の選択肢として考え、積極的に人間とマシンを協働させるアプローチ
マシンファースト・デリバリーモデルを構成するソリューションの代表が、TCSが独自で開発した「ignio™」と「TISA」である。ignio™は、SAP認定のコグニティブ・オートメーション・ソリューションだ。SAPやITインフラの運用知識をあらかじめ備え、さらにシステム環境やコンテクストを自律的に学習する。これらをもとにイベント検知や対応方法を判断し、人間が対応することなくイベント対応や障害からの自動復旧を可能にする。
TISAはignio™などと連携して、ユーザー対応のフロントエンドの役割を果たすチャットボットのシステムである。ユーザーからのさまざまなリクエストに対して、企業内の人・物・データを結び付け、効率的に処理を進める。
「TISAとignio™が連携する例を示しましょう。購買依頼のステータスをチャットボットで問い合わせるイメージです。保留状態で処理が滞っている購買依頼についてTISAのチャットボットに問い合わせると、TISAが裏側でSAPの情報を収集して承認者が異動していることを知らせてくれます。通常のチャットボットならばここでやり取りが終わってしまいますが、TISAはインテリジェントなシステムです。異動した旧承認者を迂回して、現在の適切な承認者を探した上でITサービス管理ツール上でチケットを作成し、承認者を変更する手続きまで進めます」(山下)
ところが、ここで驚いてはいけない。さらに、新しいインサイトとして、異動した旧承認者に寄せられていた他の購買依頼を確認して、保留になっている購買依頼が複数残っているといったことまで指摘してくれるのだ。これが、人手を介さずに、ほぼ瞬時に応答が返ってくる。次世代のAMSとTCSが胸を張るだけのことはある。
実際にグローバルリソースが有効に活用できるのか疑問が残る読者も少なくないだろう。日本とは文化も言語もビジネス慣習も違う海外のリソースに、システムを任せられるのかと。
日本TCSの強みは、インドに日本の顧客向けの組織や人材を確保していることにある。日本企業専用デリバリーセンターのJapan-centric Delivery Center(JDC)を、インド西部のプネをはじめとするインド各地に設置し、そこでは日本企業向けのデリバリーモデル(JDM:Japan-centric Delivery Model)に従った業務を進めている。
山下は、こう説明する。「グローバルな視点が強いインドから日本の企業を見ると、A、B、C、Dの4つの側面で多くの独自性が感じられるようです。合意や完全性を重視するアプローチ(A)、変化への抵抗や日本のベンダーやツールを好むビジネス(B)、間接的かつ暗黙の了解があり対面を重視するコミュニケーション(C)、詳細なドキュメントが必要なデリバリー(D)などが代表的な例です。グローバルスタンダードでは、Aのアプローチは成果にフォーカスし迅速性を求め、Bのビジネスでは変化の受入とグローバル調達が常識であり、Cのコミュニケーションは直接的であり電話会議で十分に機能し、Dのデリバリーはグローバルの業界標準にオープンになっています。こうした違いを理解した上で、インドで日本向けのJDMを構築しています」。
グローバルスタンダードを押し付けるのではなく、日本の良いところとグローバルの良いところを相互理解した上で、最適な解を見つけ出せる組織と人材を用意する――日本TCSとインドのTCSでは、日本とグローバルの意識をすり合わせられる人材の育成にも力を入れている。
「日本TCSからは、若手の社員を1年単位でインドに派遣しています。インドやグローバルスタンダードの仕事の進め方を理解し、グローバルリソースとの付き合い方を体感してもらうためです。一方で、インドにはJDCに“光アカデミー”という研修プログラムを設けています。ここでは日本語の学習だけでなく、日本のビジネス書籍や新聞・雑誌、映画などを用意した図書館や、日本の文化を学ぶ展示やイベントなども通じて、グローバルリソースに日本への理解を深めてもらっています」(山下)
技術・機能と人的リソースの両輪がうまく回ってこそ、安定した企業の成長やAI・ビッグデータ時代の新しい取り組みの成功を手にすることができる。IT人材不足、SAPにおける保守サポート終了、そして、これに伴うSAP人材枯渇という2025年問題がすぐそこに迫る今、企業の成長をドライブする両輪の1つとして、人的リソースの活用の仕方、すなわちIT部門やIT人材のあり方、ITベンダーとの付き合い方を、グローバルの視点を持ちながら検討することが求められているのである。そう考えた時、日本とインドのリソースを組み合わせたTCSのハイブリッド・デリバリーは、まさに“日本企業に最適な”2025年問題への解と言えるだろう。
※ 掲載内容は2019年2月時点のものです