今日の激しい市場競争、製品ライフサイクルの短縮、製品品質に対する高いニーズ、優れた顧客サービスの必要性、製品の多様性の拡大、そして顧客からの高い期待によって、企業は常に革新的な手法を作り出していかねばなりません。
市場投入までに要する期間(TTM:Time To Market)の短縮、新製品の迅速な投入を、製品品質を向上させ、かつコスト削減と顧客ニーズ適合を併せて行っていかなければならないのです。
デジタル製品開発は、企業が上記の重要な課題に対処するための手段です。本ホワイトペーパーでは、企業が製品開発プロセスを真にデジタル化するために必要なデジタル技術の取り込み方について説明し、この新たなトレンドを分析していきます。
また、デジタル製品開発におけるデジタルスレッドの役割に焦点を当て、デジタルスレッドにおける製品トレーサビリティーを可能にする主要なソリューション要素について説明します。
さらにデジタルスレッドの実装時に考慮すべき戦略と、企業が実現しうる潜在的な効果についても説明します。
モデルベースエンタープライズ
モデルベースエンタープライズ(MBE)は、製品の各種情報を含んだデジタル3次元(3D)モデルが、その製品のライフサイクルを通して、すべてのアクティビティの信頼できる情報ソースとして機能する戦略です。
MBEの主な利点は、2D図面に取って代わることです。MBEでは、単一の3Dモデルに、ジオメトリ、トポロジ、寸法、公差、材料、仕上げ、溶接指示など、設計(2D)図面に通常載せられるすべての情報が含まれています[1]。
コネクテッドアプリケーション/デジタルスレッド
デジタルスレッドとは、データフローを接続し、製品ライフサイクル全体にわたる製品データの全体像を作り出すフレームワークのことです。このフレームワークは、プロトコル、セキュリティー、および各種標準から成り立っています。通常、デジタルスレッドは、デジタルツイン、物理アセットのデジタルモデル、またはアセット群を紐づけます[2]。
デジタルスレッドという用語は、物理的アセットを構成する要件、部品、および制御システムにさかのぼるデジタルツインのトレーサビリティーを説明するためにも使用されます。各企業は、トレーサビリティー、クローズドループフィードバック、変更影響分析、製品の市場業績分析など、さまざまなデジタルスレッドの機能によってデータ分析を行うことができます。そして、バリューチェーン全体のビジネス機能に対するデータ分析を可能にして、製品開発プロセスに俊敏性とインテリジェンスをもたらすことができます。
クローズドループフィードバック
情報の流れが一方向であると考えられていたのは昔のことです。現在、ミレニアル世代の関心は頻繁に変化し続けているのです。製品開発プロセスの下流段階から上流段階にさかのぼる形で洞察することにより、バリューチェーンを再調整し、顧客のニーズに合った製品をより速いペースで導入できるようになるでしょう。
分析によるビジネスインサイト
ご存知のとおり、データはビジネスを活性化する“燃料”です。データは、企業における品質の向上、コストの削減、生産性の向上、市場投入までの時間の短縮、トレーサビリティーの向上、コラボレーションの拡張、可視性の強化、予知保全の実現、収益の増加、ビジネスモデルの変更に役立ちます。これらのメリットを享受するために企業は、状況に応じた設計、製造、および稼働中製品の運用データを必要としています。製品データを改良し、必要なときにすべてのステークホルダーが利用できるようにする必要があります。
この例では、バリューチェーン全体でシンプルな椅子の製品価値を高める方法を示しています。
計画
計画フェーズでは、さまざまなインプット情報を照合し、次の会計年度のビジネス計画に沿った戦略が策定されます。そして、顧客のニーズを満たすように設計・開発すべきプログラム、プロジェクト、および製品が定義されます。現在でも多くの企業がExcelファイルで計画の草案を作成し、運用しています。自社開発アプリケーションを使用している企業もあれば、PLM製品を活用して戦略を管理および運用している企業もあります。まずは、これらの情報をオブジェクト中心アプローチで管理することをお勧めします。これにより、トレーサビリティーを確立し、製品の市場業績インサイトを戦略的計画に取り入れることができます。
コンセプト
製品コンセプト企画段階で、大多数の企業は製品を3Dモデル中心に定義し、製品末端レベルのコンポーネントに材料、外観、要件などの製品情報を詳細に盛り込んでいます。バリューチェーン全体ですべてのステークホルダーが同じ視点で情報を見ることができ、誤解・ギャップが無くなっています。現在販売されているほとんどのPLM製品は、さまざまなCADプラットフォームとの統合が可能で、3D CADファイル管理をサポートし、部品表(BOM)上で製品情報を各レベルの製品構成要素に関連付けることができます。
設計&検証
設計および検証は製品開発プロセスの重要な段階であり、さまざまなステークホルダーをサポートするために、コンセプト段階にあった製品を多様な視点で設計、定義・記述していきます。
以下の表現では、基本製品構成はエンジニアリング部品表(E BOM)と呼ばれ、組み立てイメージで製品構成を把握することができ、さらにシミュレーションによるテストにも使えます。シミュレーションテスト/仮想テストは製品開発のリードタイム短縮のための主たる手段で、検証のために物理的なプロトタイプを試作するのではなく、バーチャルにテストすることでこれを実現します。
シミュレーションモジュールもほとんどのCADプラットフォームにバンドルされていますが、残念ながら多くの企業ではシミュレーション分析レポートを製品部品構成上のCADコンポーネントに接続することによって得られるメリットを認識していません。
このソリューションでは、シミュレーションテストレポートをPLMシステムの部品構成に接続することを推奨しています。
シミュレーション結果によって製品の安全性と品質が確認されると、次ステップは梱包部品表です。ベースとなる製品を継承し、製品をパッケージ化するための追加梱包コンポーネントと、製品の組み立てに必要なハードウェアキットが必要になります。この構成は、各顧客個別な製品定義となるでしょう。
費用対効果の高い生産を意識して調達先を都度選定するため、梱包BOMはさまざまなサプライヤーと共有されます。すべてのサプライヤーが同じ工作機械・設備を備えているわけではないため、製品の製造方法に違いが生じます。そのため、サプライヤーが実際に行った製品の製造方法を記録・把握できるようにする必要が生じます。ビルド時BOMは、サプライヤーが製品をどのように製造したかを把握し、トレーサビリティーが確立されるように他のBOM(E BOM、梱包BOMなど)に結び付けられます。
生産&保守
生産に関しては、MESとERPシステムの統合により、企業は作業指示やその他のリソースのニーズを調整できます。サプライチェーン全体で、材料の可用性に関するリアルタイムデータをERPシステムと統合することで、企業は不要な中断や遅延を最小限に抑えることができます。製造プロセスがより複雑になるにつれて、製造効率を最大化するには、設計から納品までのすべての製品関連データを追跡する機能が不可欠です。
多くの場合、MESおよびERPシステムは異なるソフトウェアプラットフォーム上に構築され、データ構造が異なるため、システム統合は困難を伴います。
生産プロセスを改善するために使用されるデータ量の増加に伴い、コンポーネント間の相互通信および相互作用が増加しています。通信コストを削減し、これらのシステム効率を高めるため、またシームレスな方法でデータフローを確立するために、ミドルウェアが不可欠なものになりつつあります。デジタルスレッドは寸法、特性、さらにはサプライヤー情報などを含む、複数レイヤーの変更を管理できます。高品質なMESを導入することで、変更管理におけるデジタルスレッドのメリットを倍増させることができます。
3D PDFは、あらゆるデジタルデバイスに移植可能で低コストのソリューションであるため、業界全体で大きな注目を集めています。3D PDFは、内部に3Dジオメトリを含むPDFファイルです。3D PDF対応のビューアを使用すると、3Dビュー内で回転、ズーム、およびパーツの選択を行うことができます。このフォーマットは、ドキュメント化、共有、コラボレーションによく使用されます。3D PDFは、通常のPDF(Portable Document Format)ファイルと同じで、ページ内に3Dビューが埋め込まれています。2Dの埋め込み画像を含むPDFと同じように、マウスをその上に置くと、3D(3次元)で回転、ズーム、パンできます。このファイルには、各視点からの2D画像(投影図)ではなく、製品の3D幾何学的表現が実際に含まれています[3]。
そのため、製品の製造中に形状と組み立て指示を効率的に確認する方法として、製造現場の担当者に対する組立指示書として使用されます。3D PDFは、顧客が組み立てを行う製品のための組立手順ガイドとしても使用できます。
商品力&廃番(市場からの撤退)
ビッグデータ分析の出現により、新製品やその派生製品の投入、または既存製品の廃番を計画する際、商品力分析が戦略立案時の決定要因として重要になってきました。市場全体からPOSデータを集めてデータウェアハウスに蓄積しビッグデータ分析することで、バリューチェーン全体にわたる分析を行うことが可能となります。
トレーサビリティー
計画段階から実現段階で、設計・開発用システム/プラットフォーム/ソリューションは多数あります。そのため、バリューチェーン全体でトレーサビリティーを確立し、すべてのステークホルダーが製品データにアクセスできるようにすることが非常に重要になっています。関係者全員が同じ情報を見られるようにしつつ、異なるシステム間で製品情報が重複しないようにしなければなりません。モノのインターネット(IoT)プラットフォームの出現により、企業はIoTベースのアプリケーションを使用して、さまざまなシステムから製品情報をシームレスに利用できるようになりました。これにより、ビジネスステークホルダーに対するより深い洞察が可能になり、製品コンポーネントの変更、サステナビリティーを考慮した材料変更による影響分析も迅速に行えます。さらには、予期しない安全性または品質上の問題が発生した場合でも、製品リコールを速やかに行うことが可能になります。
デジタルスレッド戦略を特定して開発する
デジタルスレッドはしばしば、単なるシステム間の統合だと誤解されていますが、この認識を変える必要があります。これをビジネスイニシアチブと捉え、企業はバリューチェーン全体で全ステークホルダーをカバーする包括的なデジタル戦略を確立する必要があります。デジタルスレッドは、ビジネス機能全体でトレーサビリティーとクローズドループフィードバックを確立するためのビジネストランスフォーメーションの成功要因と考える必要があるでしょう。
明確なビジネスケースを、その成果とともに定義する必要があります。デジタルスレッドはエンドツーエンドの製品ライフサイクルにまたがっているため、それに応じてどのようにビジネスを実現するか検討する必要があります。
実装の段階的なアプローチを確立する
デジタルスレッドの実装は長く続くビジネス変革の旅のようなもの。そのため、段階的に実装する必要があります。まずは最も重要なビジネス上の課題を特定します。そしてトレーサビリティー、クローズドループフィードバック、変更の影響分析などの特定のコンテキストを備えたデジタルスレッドによって対処することから始めなければなりません。この作業にはかなりの努力が必要です。影響を受けるステークホルダー/機能/システムを検討し、段階的なアプローチを検討していきます。
関連するソリューションを特定し、実装を開始する
実装フェーズの開始前に全体を完璧に見通すことは困難です。しかし、全体を俯瞰する視点は、デジタルスレッドを確立するために必要な個々のソリューション要素を見極めるために有用です。そのため、複数の顧客や業界にわたるデジタルスレッドの実装経験を持つ専門家/コンサルタントの助けを借りる必要があるでしょう。また、ビジネス機能全体にわたるステークホルダーに、デジタルスレッドのメリットを理解してもらうための教育も必要です。
デジタルスレッドの実装と結果を定期的に監視する
ビジネス価値とは、バリューチェーン全体でステークホルダーが適切な製品情報を適切なタイミングで利用できることから得られる、企業にとっての利益のことです。課題を予測し、積極的に解決することによるビジネス価値創出を保証するために、デジタルスレッド実装のROIに対する継続的な監視と評価が必要です。デジタルスレッドのビジネス成果をプロアクティブに監視することは、長期的な価値を生み出すための鍵です。
プロセスを継続的に進化させる
企業は、デジタルテクノロジー、ソリューション、および標準が利用可能になったタイミングですぐに採用・実装することができるように、充分な柔軟性を備えておく必要があります。市場が混乱してから既存のデジタルテクノロジー、ソフトウェアソリューション、および標準の採用を停止するという従来の情報管理方法では、現在の技術進歩のペースに企業はついていくことができません。
以下は、このホワイトペーパーで説明されている各種ソリューションを採用することで企業が享受できる定性的なメリットです。
要件構成
製品構成
シミュレーション構成
ビルド時/製造構成
作業指示
IoTトレーサビリティーソリューション
デジタルスレッドは現代のデジタル時代に適合した、企業がビジネスモデルを真にデジタル化するために不可欠なものです。このビジネス変革の旅に出る際に、企業が利用できるさまざまなソリューションと製品があります。現在、デジタルスレッドは企業全体で採用するための初期段階にあります。最近はますます勢いを増しており、多くの企業がデジタルスレッドに向かう「旅」を始めています。導入の初期段階では難しいかもしれませんが、中長期的には多くのビジネス上のメリットを享受できるようになることは間違いありません。
市場が混乱してから既存のデジタルテクノロジー、ソフトウェアソリューション、および標準の採用を停止するという従来の情報管理方法では、現在の技術進歩のペースに企業はついていくことができません。
インダストリー4.0で得られるものの一つは、デジタル機能を利用することによる市場内での敏捷性向上です。敏捷性とインテリジェンスは、デジタルトランスフォーメーションでクラス最高の企業であることの重要な要素です。企業全体で製品、プロセス、および人員をリアルタイムに可視化することは、真にアジャイルな企業になるための効果的な方法です。デジタルスレッドによって、企業は市場との連携を維持することができるのです。
略語:用語
BOM:Bill Of Materials
CAD:Computer Aided Design
ERP:Enterprise Resource Planning
IoT:Internet of Things
MBE:Model Based Enterprise
MES:Manufacturing Execution System
PDF:Portable Document Format
PLM:Product Lifecycle Management
ROI:Return On Investment
TTM:Time To Market
※ 掲載内容は2022年6月時点のものです