優しいロボットの“ 手” で世界の人口減による社会課題を解決
慶應義塾大学発スタートアップ企業のモーションリブ株式会社(モーションリブ)とタタコンサルタンシーサービシズ(TCS)はリアルハプティクス(力触覚伝送技術)による社会課題解決に向けた共創のための覚書(MoU)を締結しました。
リアルハプティクスがもたらす未来について、リアルハプティクスの生みの親である慶應義塾大学の大西 公平特任教授と日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ(日本 TCS)のIoT部門でイノベーティブなソリューション創出などを手掛ける藤永 和也による対談をお届けします。
慶應義塾大学 大西 公平 特任教授
日本TCS IoT&デジタルエンジニアリング統括本部 藤永 和也
藤永──今回、リアルハプティクスを搭載 した制御 IC チップ『AbcCore®』を開発、販売するモーションリブとTCSのMoUが締結されました。大西先生が発明されたリアルハプティクスの技術を世界に展開できることをとても楽しみにしています。まず、先生がこの技術を発明されたきっかけを聞かせていただけますか。
大西──2002年に当時の慶應義塾大学医学部長から、「手術で使う鉗子(カンシ)のロボット化に取り組んでみないか」という相談を受けたのがきっかけでした。「ロボット手術の時代が来るのは間違いない。しかし、今の手術用ロボットでは臓器 などを傷つけてしまう恐れがあり非常に危ない」と言うのです。なぜなら、それまでのロボットでは、人間が行うような力の加減やしなやかな動きを再現することができなかったからです。そこで、力触覚を伴う手術ロボットの開発に着手し、リアルハプティクスの発明に成功しました。
藤永──当時、同じように開発に取り組んでおられた多くの方が、大変苦労していたと聞いています。大西先生は実現できるとお考えだったのでしょうか。
大西──実は、その10年ほど前にわれわれの研究室で、一部ではありますが力触覚の実験に成功していたのです。その素地がありましたから、話を聞いた時には可能性はあると感じました。実際に、開発に取り掛かってからおよそ7カ月後には最初の実験に成功し、それ以降、医学部との連携で研究を進めてきました。研究を進める中で、この技術は世界が抱えるさまざまな課題を解決できる大きな可能性があることに気付きました。その中でも最も重要だと考えているのが少子高齢化への対応です。今後、多かれ少なかれ世界の全ての国が少子高齢化社会を迎えるといわれています。そのとき、誰がわれわれの社会を支えてくれるのか。年を取っても怖くない、体力が衰えても怖くない、そんな社会を実現するためには、何らかの人工物のアシストが必要になります。その役割を担うのがロボットです。
藤永──実は、私の恩師だった方が、介護ロボットの開発にも取り組んだものの、結果的に道半ばで諦めざるを得ませんでした。その時に言っておられたのが、「介護ロボットは硬過ぎる」という言葉でした。当時のロボットは、位置情報のみを用いて指示する動作を実現していたのですが、人間の持つしなやかな動きを位置情報だけで再現することには限界がありました。リアルハプティクスは位置の情報だけでなく、力加減の情報も駆使してロボットの制御を行うので、モノを触る感覚を再現でき、ロボットにしなやかさを与えることができます。リアルハプティクスを知った時、これなら恩師が実現できなかったことを実現できる、と思ったことを今も鮮明に覚えています。
大西──今後、介護や看護、手術支援など、人間に直接関わる部分でのロボットの活用がますます広がっていくことは間違いありません。ただし、これまでのロボットは優しく触るということができませんでした。リアルハプティクスの技術を使うことによって、軟らかいものやもろいものに対してもちゃんと触ることができるようになります。つまり、接触作業ができる優しいロボットができるのです。これによってさまざまな分野で活用できると期待しています。
大西──モーションリブとTCSのMoUにより、リアルハプティクスを世界に発信し、さまざまな分野に実装するチャンスが広がります。リアルハプティクスは、そのアルゴリズムを搭載した制御ICチップ『AbcCore』を多様な商品に活用することで、非常に幅広く社会の中に実装できる技術だと考えています。TCSは世界中の企業とネットワークがあり、さまざまな分野の企業にサービスを提供しています。TCSが持つ幅広い知見、世界中の企業との協働関係などによりリアルハプティクスの普及の大きな力になると期待しています。
藤永──TCSは世界各国で60万人の社員が働き、フォーチュン500にランキングされている多くの企業にサービスを提供するなどし、大西先生の期待に応えられる基盤があると考えています。ITサービス、エンジニアリングサービスをはじめ、さまざまなサービスを展開する中で、最近、サイバーフィジカルシステムを企業に導入する機会が非常に増えてきました。サイバーフィジカルシステムとは、現実空間に実在するシステム(フィジカルシステム)と、パソコンなどデジタル端末内に、フィジカルシステムを忠実に再現した仮想的なシステム(サイバーシステム)の間で連携を行うシステムです。現実空間で取得できる画像データや音声データ、センサーデータなどをサイバーシステムに戻すことで、サイバーシステム側で物理的な製品や部品、またはプラントなどの寿命予測や異常検知などを行うことができます。そのときに、大西先生が開発された、サイバーシステムとフィジカルシステムを橋渡しするような技術が絶対に必要です。
大西──リアルハプティクスの技術は、頭と体を結び付ける神経のような役割を果たすものです。人間の神経は有限ですが、人工的な神経というのは1,000キロ離れていても、高速通信技術やコンピューター技術を使えば、距離に関係なく無限に実装することができます。こうした技術の進歩とリアルハプティクスの進歩が、今、ちょうど釣り合っていて、社会に実装する環境が整ってきたと言えます。
藤永──その通りだと思います。ITだけでも、AIだけでも何もできません。それを最適に動かすのはフィジカルなもので、リアルハプティクスはサイバーシステムとフィジカルシステムの調和を取ってくれる技術だと思っています。TCSにはソフトウエア技術、クラウドを活用する技術、プラットフォームをつくる技術などはもちろんのこと、機械学習、IoTやデジタルツインなどの先進的デジタル技術に関する知見がそろっています。また、医療・製造・農業などのリアルハプティクスの活用が期待される分野の業界知識も豊富にあります。これらを駆使して、大西先生の発明されたリアルハプティクスを一挙に拡大するお手伝いをしていきたいと思います。
大西──私が以前、インド・プネにあるTCSの研究所に伺った時、非常に若くて発想がフレキシブルな企業だと感じました。一方で、研究開発の方法や考え方、設備や環境、研究者の管理や仕事の進め方などは、英国の文化や運営方式を取り入れて運用しています。そうした伝統的なやり方とフレキシブルな発想のバランスがうまく取れていて、一人一人が思い切って仕事をできる環境を持った企業だという印象を持ちました。もう一つ印象的だったのが、TCSの経営陣が長期的な視野を持っているという点です。株主総会ごとに、目先の数値ばかりにとらわれるのではなく、常に将来を見据え、決定したことはスピード感を持って進めているのは素晴らしいことだと感じました。私は、リアルハプティクスを社会に役立てていくために、医療とITの分野におけるパートナーが必要だと考えていました。そういう意味では、IT・デジタル技術の面でグローバルに活動するTCSのネットワークや技術力に大いに期待しています。今回の連携は、『AbcCore』を使った新たな社会インフラ『Internet of Actions(IoA®)』の構築や、モーションリブが日本のみならず、海外市場にも展開していく上で、非常に大きな意味があると感じています。
藤永──インド人の平均年齢は非常に若く、TCSのインドにいるエンジニアの平均年齢は20代です。ハングリー精神があり、非常にアグレッシブで、新しい技術に対しても意欲が高い。TCSの研究所では、米国でも、インドでも、驚くほど多くの研究員がリアルハプティクスに興味を持っています。TCSは、独自のパートナーエコシステム『TCS COIN™(Co-Innovation Network: コイノベーションネットワーク)』を通じ、世界有数の学術研究機関とのパートナーシップを深め、さまざまなオープンイノベーションを成功させてきました。こうしたパートナーエコシステムや社員の意欲、能力を使って世界に展開し、リアルハプティクスの活用を拡大していきたいと考えています。
大西──私は、人類の究極の進歩とは、大衆の幸せではなくて、一人一人の幸せをどのように実現し、どのように保障していくかだと考えています。だからこそ、リアルハプティクスを特定の企業の利益のためではなく、一人一人の幸せに結び付けていかなければならないと考えていますし、そういう思想を持った企業と一緒に取り組みたいと思ってきました。
藤永──タタ・グループは、創業以来、150年以上にわたり社会のため、人のためにという信念を守り続けています。約40年前に、TCSが社会に役立つための研究を行うことを目的にタタ・グループでは世界で初めてソフトウエア開発研究所を設立しました。さらに、研究するだけではなく、研究を社会に役立てるために構築やデザインに至るまで行うことをモットーに、名前もタタ・リサーチ・デベロップメント&デザインセンター(TRDDC)としたのです。それがプネのTRDDC研究所です。そうしたスピリットは、今も間違いなく受け継がれています。
大西──そういう意味においても、モーションリブとTCSの共創に向けた取り組みには大きな意義があります。この取り組みが一つの例になって、自社の利益だけではなく、社会の利益を真剣に考える企業が1社でも増えてくれることを心から期待しています。また、日本ではこれまで自ら技術の原則から開発した経験がほとんどなく、外から技術を持ってきて既存の技術と組み合わせるばかりでしたから、どうしても過当競争に陥っていました。リアルハプティクスは日本独自の技術ですから、これを何としても成功させ、一歩先の世界を見据えてオリジナルを開発できる企業、エンジニアがどんどん登場してくれることを期待しています。
藤永──まさに、先生がおっしゃったように、純正の日本発の技術としてリアルハプティクスは世界で活用すべき技術だと思います。そのためにも、まずは日本の産業をリアルハプティクスで変革する仕組みづくりを日本TCSから提案し、グローバルに展開できるように、モーションリブと積極的に共創を進めていけたらと思います。TCSのグローバルな実績と、モーションリブのリアルハプティクスの専門的知見を組み合わせることで、新たな社会インフラ構築に取り組んでいきます。
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