TCS Innovation Forum Japan 2021レポート
全国に228店舗のホームセンターを展開するカインズは、約200人のエンジニアを雇用し、自社アプリなどを内製するという、日本企業では先行した取り組みで知られています。
なぜカインズがシステムを内製するのか。同社の執行役員で、チーフデジタルオフィサー兼チーフマーケティングオフィサー兼デジタル戦略本部長の池照直樹氏が「顧客体験と効率的な店舗オペレーションの両立」と題して、当社のイベント「TCS Innovation Forum Japan 2021」で講演しました。
カインズは今を「第3の創業期」と位置づけています。同社は「次のカインズ」を創るべく、商品、サービス、空間で総合的に新たな顧客体験を創造し、さらに「誇りに思える働きたい会社」を目指したメンバーへのカインドネスで好循環を生み出すという戦略を持っています。
この一翼を担うデジタル戦略では「実店舗の強みとテクノロジーを掛け合わせ、デジタル時代でも選ばれるIT小売企業」を目指していると、池照氏は話します。「煩わしさの解消からエモーショナルな体験の創造」をテーマに、これまでさまざまな取り組みを行ってきました。
重視している“体験施策”は4つ。店舗空間とデジタル空間の垣根をなくし、買い物の煩わしさを解消する「ストレスフリー」、お客さま一人一人の今ほしいものに寄り添った提案を行う「パーソナライズ」、日々の暮らしを楽しく便利にする発見やアイデアを体験できる「エクスペリエンシャル」、暮らしをつなぎ、街をつくるサポートを行う「コミュニティー」です。
「カインズのデジタル戦略:デジタル戦略の目標と4つの顧客体験施策」
(TCS Innovation Forum 2021向けカインズ講演資料より転載)
「カインズアプリ」は、カギとなるサービスです。小売企業のアプリは一般的に、クーポン配布などメディア機能がメインですが、カインズは違います。「コンシェルジュアプリ」という位置づけで、利用者の皆さんの買い物に寄り添ってくれるのです。
例えば、店内マップを検索すれば、欲しいものがどこにあるかや、在庫数が表示されます。「広い店内をグルグル探し回らずに、目的の商品にたどり着けるというわけです。お客様に“めんどくさくない”購入体験をしていただこうと考えています」
カインズには、遠方から車で30分や1時間かけて来店するお客さまも多いといいます。遠くからわざわざ来たのに、欲しい商品が在庫切れだったら「最悪の体験」だと池照氏。顧客の体験をより良くするために、アプリやシステムでサポートしようとしています。
他にも、オンラインで注文した商品を取り置きし、カウンターや、ロッカー、ドライブスルーで受け取れる「CAINZ PickUp」というサービスも提供しています。
木材カットの事前加工や、DIYの予約、ドッグランの予約もオンラインで可能になりました。ドッグランは以前、来店した後サービスカウンターで鍵を渡して使ってもらっていたそうですが、ウェブで予約すると、スマートフォンに届いたバーコードをドッグランのデバイスにかざして解錠する仕組みに変更。「非常に好評いただいている」とのことです。
小売業界にはこうしたアプリケーションが多く存在するという。カインズは従来、そうしたアプリ開発をベンダーに外注していましたが、今は自社でエンジニアを雇い、内製化を進めているそうです。
「僕らは迅速にお店のサポートをしていきたいし、お客様にも新しいサービスを展開していきたい。そのためには内製化しか方法はないのではないか、ということで進めてきました」
なぜ迅速な店舗支援やサービス展開が外注では実現しないのか。池照氏は、外注ゆえのベンダーとの役割分担にあると話します。「外注のシステム開発では、要件定義に半年かかり、設計に3か月、トータルで1年……ということが往々にあります。受注して責任を持ってやらなければいけないベンダーさんは、80点でリリースするっていうのはなかなかできません」
これを内製にすれば、自社がすべての責任を持てます。80点でいったん完成としてリリースし、現場からの要望を受けて迅速に直していく、「比較的大きなものでも、3か月ぐらいで仕組みを作り、全店舗に展開するという流れを順次進めています」。
カインズではこの仕組みを、TCSと共同で開発したオフショア・ディベロップメントセンターを活用した内製化で実現しようとしています。カインズのデジタル戦略本部メンバーは、2019年には10人以下でしたが、現在は200人体制に。今後、約300人体制に増強していくそうです。さらに、オフショアのエンジニアも、現在の30人から130人に増やしていく構想です。
「オフショアメンバーに要件を丸投げするのではなく、デジタル戦略本部のメンバーの一員として参加してもらって開発を進めていくというコンセプトで進めています」
カインズのお客様やメンバーの「こうしてほしい」をいち早くかなえるために、「最終的なリリースの責任は僕らがしっかり持って進めていくというのが、イノベーションを推し進める、イノベーションを内製化で支えるために、重要なところだと思っています」
顧客がお店で商品を選び、購入する過程には、まだまだ“工数”が多いと、池照氏は指摘します。
「店舗では、棚からかごの中に物を入れ、いろんなものをピックアップした上でそれをレジに持っていきます。レジでは店員さんがバーコードを読み、もう一度違うかごに入れます。決済の後、かごに入っている物を自分でビニール袋に入れるんですよね。当たり前のように数十年続けてきた買い物の姿なのですが、ずいぶん冗長なプロセスに思います」
「商品を店舗の棚に置く品出しには相当な工数がかかっています。レジで仕事をしてくれている人も同様です。工数を減らしながら、お客様にも私どもにも良い、三方よしの仕掛けづくりが、テクノロジーによってできるんじゃないかと思っています」
買い物の ”無駄”を省いた未来のカインズは、どんな姿になっているのでしょうか。欧米での先進事例もヒントに、「いろいろな想像をしている」と池照氏は話します。
例えば、米スーパーチェーンのWalmartは、店舗の敷地内に倉庫の構築を進めています。その場で購入して持ち帰ることもできますし、店で見たものをオーダーして、配送してもらって受け取ることも可能です。
「リテールの姿はずいぶん変わっていって、当たり前だと思っていたこともテクノロジーがサポートすることによって、新しい姿が生み出せるかもしれません。僕も皆さんもリテールの未来みたいなものをこれから期待しながら生活していければな、そんなふうに思っています」
※ 役職は2021年12月時点
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