TCS Innovation Forum Japan 2021レポート
2021年9月、東京大学は今後数十年を見渡した同学の新しい基本方針「UTokyo Compass」(多様性の海へ:対話が創造する未来)を発表しました。
これからのデータ駆動型社会をより良いものにする知の創出に、大学としてどのように貢献していくか。2021年4月に東京大学総長に就任した藤井輝夫氏が「多様性の海へ:対話が創造する未来」と題して、当社のイベント「TCS Innovation Forum Japan 2021」で講演しました。
「人類は、気候変動やパンデミック、格差や分断など、地球規模の困難な問題に直面しています。物質的、経済的発展を追い求めるだけでは人類全体のさらなる繁栄や幸福は実現できない時代になってきているのです」と藤井氏は話します。
そうした時代に大学はどのような役割を果たすべきか。その構想をまとめたのが、「UTokyo Compass」(多様性の海へ:対話が創造する未来)です。
「対話が創造する未来」という言葉に込めたのは、「対話を通じて学内外の方々と相互信頼を醸成し、新しい知を一緒に生み出していく」という将来。大学が多様な人や組織をつなぐ役割を果たし、社会課題の解決につながるアイデアを生み出していきたいという思いです。そして、より高いレベル、より共感性の高いソリューションを見出すことができる「多様性と包摂性」を大事にしていきたいと考えます。さらに、学生、研究者、教職員、卒業生や社会人などさまざまな人々が集い、生き生きと活動できるような「世界の誰もが来たくなる大学」にすることを掲げています。
「UTokyo Compassの基本理念」
(TCS Innovation Forum Japan 2021向け東京大学作成講演資料より転載)
具体的には「知をきわめる」「人をはぐくむ」「場をつくる」という3つの視点から目標と行動計画を策定しました。大学が自律的で創造的に活動するための経営力をつけるべく、さまざまな取り組みを行っていきます。
「3つの視点(Perspective)」
(TCS Innovation Forum Japan 2021向け東京大学作成講演資料より転載)
かつての社会は、物を作り、売ることが価値の源泉だった「資本集約型」でした。それに対して、現代社会は「データ駆動型」。藤井氏は「データそのものが価値の源泉になりつつある。大きなパラダイムシフトが起こっている」と指摘します。
「データ駆動型社会へのパラダイムシフトとは」
(TCS Innovation Forum Japan 2021向け東京大学作成講演資料より転載)
「インターネットのトラフィックは、2014年頃から急増していますが、COVID-19によってさらに倍増し、今では20テラビット/秒というレベルまで増えてきているという状況です。現代は、データ、あるいはデータに含まれる知やサービスが価値を生む時代です。ものづくりは、そうしたサービスと我々を繋ぐ存在としての役割を果たしています」
そこで重要なのが、デジタルトランスフォーメーション(DX)です。「大学そのもののDXだけでなく、医療や気象、社会、材料、防災などあらゆる分野にデータが活用されていくことで、より安心で安全に暮らせるような社会を作っていくことにつながります」
東京大学など9大学と国立情報学研究所、産業技術総合研究所で、共通データ基盤「mdx」を構築しました。高性能な計算機と大容量のストレージを備え、データをリアルタイムかつ安全に共有できる基盤です。これをさまざまなサイエンスの分野に活用する計画を立てています。
データが価値となる時代において、「日本にはAI人材やデータサイエンティストが足りない」と言われています。データ人材の育成にも「ぜひ貢献したい」(藤井氏)。
東大生への教育はもちろんですが、東大が100%出資する子会社「東京大学エクステンション」では、東大の教授陣が作ったデータサイエンス人材育成カリキュラムを、社会人や企業向けにも提供しています。受講者数は年に倍増ペースで増えており、2021年度は半期で1000人以上が受講したそうです。
「生涯を通じて学ぶという考え方や学び方を学ぶことを通じた、常に自ら学ぶことのできる人材の育成やそのシステム作りが、今後は重要になってきます。ライフロングラーニングに向けて、大学としてもしっかり準備をして対応していきたい。これによって人的資本が高度化すれば、産業界全体のプラスになる」と藤井氏は話します。
「データ駆動型社会に向けて~人的資本の高度化」
(TCS Innovation Forum Japan 2021向け東京大学作成講演資料より転載)
学生の教育関連データを可視化するシステムの導入も検討。学生が手元のアプリで学習情報を一元管理でき、クラウドサービスとも連携した「UTokyo ONE」のシステムを導入する計画も明かしました。
「UTONE(UTokyo ONE)の導入」
(TCS Innovation Forum Japan 2021向け東京大学作成講演資料より転載)
このシステムは卒業後も利用できるのが特徴。「卒業後は卒業生用のアプリに切り替わり、引き続き東京大学と繋がりを保っていただくということも想定したシステムになっています」
東京大学は、産業界とも連携を強めています。大企業との産学協創の他、大学発スタートアップへの投資も急ピッチで進めています。東京大学関連のスタートアップは現在430社程度あり、年間30社ほど増えています。東大の本郷キャンパス内外に、東大発スタートアップや投資家も集積してきました。いわゆる”本郷バレー”です。
資金面でのスタートアップ支援も充実させます。大学が中心となり、600億円規模のファンドを組成する予定。スタートアップを支援するベンチャーキャピタルも増えているそうです。「東大発スタートアップは今後10年間で、700社、資金調達規模で1兆円ぐらいを目指す」(藤井氏)
「“本郷バレー”の発展」
(TCS Innovation Forum Japan 2021向け東京大学作成講演資料より転載)
東大では、起業やスタートアップについて学ぶ「東京大学アントレプレナー道場」を2005年から開設していますが、近年非常に受講者数が増えてきています。「社会課題の解決を自らの手で行いたいという学生が増えています。東京から世界で活躍できるようなスタートアップが育っていく、その背中を押すことを、大学としてやっていきたいと考えています」
スタートアップの視野と市場を広げるために、「グローバル展開が必要」と藤井氏は考えています。TCSとの連携や対話を通じて、「人工知能、量子技術、次世代半導体、デジタル技術を含めて、最先端の分野で産学協創というアクティビティーをますます強化したい」という方針です。
「“本郷バレー”の発展」
(TCS Innovation Forum Japan 2021向け東京大学作成講演資料より転載)
「UTokyo Compass」が描く東京大学は、学内外から多様な人々が集い、対話を通じて新たな学知を生み出していき、それを「周りに染み出していく」イメージです。染み出す場所は「地域、産業界、海外」など、あらゆるエリアを想定しています。そのために「社会全体、学内外の皆様と、ぜひ一緒に、対話を通じて、あるべき未来像を作り上げていきたい」と藤井氏は話しました。
※ 役職は2021年12月時点
関連リンク
プレスリリース:東京大学と日本TCS、南相馬市の中学生に社会課題をITで解決するための学習プログラムを提供