次の経済大国になると予想されているインド。これまでグローバルキャリアの保守本流といえば欧米企業だった。
しかし、これからはインド系企業がグローバルキャリアの革新的な選択肢になるのかもしれない。
周知の通り、特にIT分野においてはすでにインド発の企業がグローバルで存在感を示している。
インド最大財閥タタ・グループのITサービス企業、タタコンサルタンシーサービシズ(TCS)はイギリス調査会社のブランドファイナンス(Brand Finance)により「最もブランド価値が向上した企業」のIT部門で世界2位と格付けされた。
日本では2014年7月にTCSと三菱商事の傘下3社が統合し、日本TCSとして発足。すでに多くの日本人も同社でキャリアを積んでいる。
日本TCSでは日本とインドで混成チームを組み、プロジェクトをリードする。
開発/設計思想、国民性、商慣習──、あらゆるギャップを乗り越えながら同社で混成チームをマネジメントする広瀬和也氏、村上隼矢氏の話から、インドIT企業におけるキャリアの可能性を考える。
インド人と率直に意見をぶつけ合って学んだ、グローバルチームのマネジメント
──広瀬さんは、新卒で三菱商事グループであるアイ・ティ・フロンティアに入社されたと伺いました。その4年後に合併して日本TCSが発足しました。どのような変化がありましたか?
広瀬 合弁直後は、あまり現場レベルで変化はなかったんです。オフィスに外国籍の社員が増えたくらいでしたね。
私自身、合弁時には完全にドメスティックな案件のプロジェクトマネージャーをしていたので、それもあるのかもしれません。
私がグローバル企業になったと感じたのは、合弁発足時に担当していたプロジェクトが終わり、大手建機関連企業の基幹システム刷新プロジェクトに参画した時からです。
2016年のことでした。これまでもリプレイスにトライしたけれど規模が大きすぎて途中で断念したことが過去にあるくらい巨大なプロジェクトでした。
この案件の一部のシステムを、JDCと連携して日本人とインド人でチームを編成する「ハイブリッド案件」としてプロジェクトを進めることになったんです。私はそのリーダーとして参画しました。
──JDCとは?
広瀬 Japan-centric Delivery Centerの略で、日本のお客さまに対するデリバリー体制を強化するためにインドに作られた、日本企業専用の開発拠点のことです。
とても広い敷地に3棟の建物があり、そこで数万人の開発者が働いています。総合大学の大きなキャンパスをイメージしてもらうとわかりやすいかもしれません。
当時はJDCの近くの町に5ヵ月ほど滞在して、現地の開発者に仕様説明や彼らのアウトプットのレビューなどをしていました。
──そのプロジェクトで一番苦労したことは何ですか。
広瀬 クオリティコントロール(品質管理)ですね。こちらが想定しているクオリティのシステムが上がってこないこともあります。決められた仕様に対してこういうアウトプットをしてくれるだろうと期待しても、日本側の期待値に満たないアウトプットが提示される場合があるんです。
そこで開発者にやり直しを指示すると、この後のスケジュールに影響が及ぶからできない、といった返事がきて押し問答になるんです。よくケンカのような言い合いもしていました。
途中までは、日本的な進め方でシステムの品質が良くない状況に対して原因分析をしていたんです。
開発者の能力が低いのか、仕様書に不備があるのか、そもそもお客さまの要件に抜け漏れがあるのか、などプロジェクトがうまく進まない原因を探り、仮にインド側にその原因があるのであれば改善を求めようと思っていました。
でも、インドのメンバーは個人の落ち度を指摘されるような状況にとても敏感なんです。特に上司の前だと「クビにしたいのか」と言わんばかりの剣幕。
結局、それをやると日本側は「インド側が悪い」、インド側は「仕様書を作った日本側が悪い」という日本とインドの間で対立構図が生まれがち。一番不毛な状態ですよね。
村上 私もハイブリッド案件で、その状態に陥ったことがあります。私は日本のプロジェクトマネージャーで、インドにもプロジェクトマネージャーがいて、ダブルPM体制だったんです。そこで、完全な対立構図になってしまって……。
そうすると、お客さまには期待通りのアウトプットを提供できず、内部ではインド側との対立で、結局日本側が板挟みで辛い状態になるんですよね。
広瀬 それは大変でしたね。私の場合は「このままではまずい」と思って、当時の上司とも相談して途中から日本とインドのどちらに問題があるのかの原因特定に固執するのをやめたんです。
どちらが悪いかは一旦置いておいて、まずやらなければいけないのは、システムがお客さまの希望通りに動くよう直すこと。そのために今我々は何を優先すべきかにおいて、インド側のメンバーと意思統一できたタイミングがあったんですよ。
そうすると、インド側の開発者たちも集中して力を発揮してくれました。
──やるべきことが明確になるとうまく回っていくのですね。
広瀬 このスタンスになったときのインド人の馬力は本当にすごいです。ゴールを目指す突破力はすさまじく、メンバーのベクトルが揃うと日本人よりもハードワークします。そこはインド人材の強みだと思いますね。
その後に実施したハイブリッド案件も同じでしたが、プロジェクト開始当初は毎回不安に感じることもあります。
しかし、プロジェクトとして目指すべきゴールを共有し、日本側とインド側で互いにフォローしあえる関係ができれば全幅の信頼を置くことができると思います。
「ゆるい」「粗削り」でも、世界で活躍するインド人材の謎
──村上さんもインドに常駐されたことがあるのでしょうか。
村上 私は入社2年目の時、日本のお客さまに提供できる新技術をインドのTCSで発掘するため、JDCに約半年常駐していたことがあります。
──その時にカルチャーショックを受けたことはありましたか?
村上 ワーキングタイムの捉え方が日本と全然違う、というのは感じましたね。インド人は、基本的に「チャイタイム」を取るんですよ。
広瀬 チャイタイム、ありますね! 夕方4時くらいになると、みんなスナックコーナーでチャイを飲みながらおしゃべりしていて、あの光景は新鮮でした。相手のことをよく知るために、私も途中から参加するようにしていました。
村上 夕方だけなら、息抜きになっていいですよね。私が一緒に働いていた人は、朝一でチャイタイム、数時間したらランチタイム、午後3時くらいにまたチャイタイム、それで「帰りのバスがなくなるから」と5時半に帰っていく毎日でした(笑)。
日本人は9時から6時までと勤務時間が決められていたら、お昼に休憩を1時間とったとしても8時間は働きますよね。でもインドではそうとは限らないんです。
だから、日本の感覚でスケジュールを立てても実質的な作業時間が短くて、間に合わなくなることがあります。
──日本人から見るとゆるいと感じる部分もあるようですが、インド人材はグローバルで活躍しています。なぜだと思いますか?
村上 良くも悪くもとにかく自信満々なんです。TCSのラボで新技術についてヒアリングした時もそうでした。当時は最先端だったロボットによる倉庫での自動ピッキング技術などを紹介してもらったんですけど、正直、未完成と感じる部分が多くあったんです。
それでも、インドの同僚たちは自信満々に私たちにプレゼンしていたんですよね。こうした押し出しの強さ、とりあえず前進する力みたいなものが、インドの原動力になっているのだろうと感じました。
広瀬 「こんな未完成なものを出してしまって」みたいな後ろめたさはまるでないですよね。
そこは完璧になるまでリリースしない日本人の感覚と、大きく違うところだと思います。「足りないところは言ってくれたらいつでも直すよ」みたいなスタンスで、すごく前向きです。
インドのメンバーは、多少粗削りでも、とにかく最初のアウトプットを出すのが早いんです。日本人は仕様書にしてもドキュメントのフォーマットを揃えて日本語を完璧にして、という部分に時間と労力を費やすことを惜しみません。
でも、インドメンバーは「まずは動くもの(システム)を作って、改善の余地があるところは直していけば良い」という考え方。そういう点ではアジャイル開発との親和性はとても良いと感じています。
村上 基本、インド人はネガティブなことを言わないですよね。日本人は失敗した時のことを想定して、「できないかもしれない」という前置きをしたりするじゃないですか。
でもインド人は「絶対できるから任せてくれ」としか言わない。それを鵜呑みにすると痛い目を見るんですけどね(笑)
インドでは一緒に働いていた同僚と仲良くなって、家に招いてもらったりもしたのですが、そういうプライベートな場でも暗い話は一切しないんですよね。
そして、それぞれが描いているビジョンが大きい。経営層に限らず、すべてのメンバーが途方もなく感じられるようなことを普通に「やりたい」、「やろう」と言います。
だからこそインドは急成長できているのかなと。広瀬さん、最近インド出張はありました?
広瀬 基幹システムのプロジェクトの時以来、行っていません。だから、最後に行ったのは2017年かな。
村上 私は3ヵ月前に最新のプロジェクトで視察が必要だったので、7年ぶりにインドに行ったんですよ。そうしたら、街全体がものすごく発展していて驚きました。7年前はJDCの周りには何もなかったのですが、電車の路線が延伸し、道路もきれいに舗装されていて、まるで別の街のようになっていました。
広瀬 えっ! 今そんなふうになってるんですか。インドの勢いを感じますね。
村上 そうなんです。この7年の日本の発展が横ばいだとしたら、インドの発展は指数関数的に加速している印象を受けます。
こうしたインドの急成長を肌で感じられるのも、日本TCSならではだと思います。
順応性、柔軟性、俊敏性で不測の事態を乗り切る
──インド人メンバーとプロジェクトを進めるのに必要な「資質」とは何だと思われますか。
広瀬 アダプタビリティ(順応性)とアジリティ(俊敏性)かなと思います。思うようにいかないことなんて日常茶飯事だからです。
起きたことに対して一喜一憂せず、「じゃあ次のアクションとしてオプション1、2、3のうちどれで進める?」と素早く考えて行動できる人が向いている。
自分の想定や細かいこだわりなどは置いておいて、置かれた状況に順応することが大事だと思います。
村上 フレキシビリティ(柔軟性)でしょうか。
日本TCSの場合、お客さまのほとんどは日本企業なんですよね。だから、インドにはインドのやり方があるけれど、インドのやり方に偏りすぎてはうまくいかない。
日本人とインド人では、そもそもクオリティの捉え方に差があります。
お客さまが日本のSIerのようなプロジェクトの進め方やアウトプットを求めているとしたら、そこにはギャップが生まれてしまいます。お客さまである日本企業の視点とインドメンバーの視点、その両方が求められるのです。
また、お客さま自身にもインドと協業することについての理解を高めていただくことが、プロジェクトの成功には必要不可欠だと思います。
日本TCSで広がるグローバルキャリアの選択肢
──日本TCSで働いてきた今だからこそ考えられるキャリアプランについて教えてください。
村上 インド人メンバーと英語でコミュニケーションを取りながらプロジェクトで協働した経験と、IT知識やプロジェクトマネジメント能力があれば、世界のどこでも通用するんじゃないでしょうか。
だから、今後チャンスがあれば海外で働くことも視野に入れています。
同期にはGAFAに転職している同僚も多いのですが、外資系/戦略系コンサルなどでも日本TCSで培った経験は十分に活きると思っています。
広瀬 最近よく感じているのは、特定分野では世界トップクラスだけれど、日本にはまだ進出できていない企業がたくさんあるということです。
そうした会社では、日本TCSで経験を積んだ人がマッチすると思います。日本はまだ大きな成長の可能性があって、世界から見たら進出する価値があるはずなんです。
だから、日本にまだ進出していない企業の日本のカントリーマネージャーになって事業開発をする、といったキャリアもあり得るだろうし、そのポジションで働けたらすごくおもしろいでしょうね。
グローバルメンバーとタフなコミュニケーションができて、技術力があって、日本のお客さまのビジネス上の課題解決もできる。そんな人材に成長できる会社はなかなかないと思います。
執筆:崎谷実穂
撮影:鈴木渉
デザイン:田中貴美恵
編集:野垣映二,金井明日香