世界規模で起きる事象や、AIをはじめとする技術のイノベーションは、ビジネスを根本から変える力をもっています。この変革の時代に、世界の企業と多種多様な取り組みを進めるTCSはどのような変化を目の当たりにし、何に注目しているのか。TCSのCEOであるK.クリティヴァサンがお伝えします。
わずか1年で、世界はいくつもの大きな変化を経験しました。パンデミックや国際紛争を背景に経済の不確実性が高まり、サプライチェーンの大きな混乱が生活を直撃しました。一方で、産業では新しい「ディスラプション(既存のものを破壊するような革新的なイノベーション)」が起きています。製造業のデジタルツイン、エネルギー資源分野のグリーングリッドやスマートグリッド。金融業界ではエンベデッドファイナンス(組込型金融)や暗号通貨など、新たな革新が起きています。こうした革新において、中心的役割を果たしているのがテクノロジーです。
世界を席巻するディスラプションの中で、特に注目すべきものが二つあります。それは、生成AIとサステナビリティです。
AIは、多くの可能性を秘めています。特に興味深いのは、AIがもつ経済発展の力です。タタグループのナタラジャン チャンドラセカラン会長は著書『Bridgital Nation(ブリジタルネーション)』の中で、AIなどのテクノロジーによって3,000万人近い新たな雇用が創出され、経済はさらに成長する可能性があると語っています。中でも生成AIの将来性について、私たちは大きな自信と熱意をもって注目しています。
ほんの数年前まで、一般には生成AIという言葉を耳にする機会すらなかったのではないでしょうか。ですが今では、ほとんどの会話の出だしがChatGPTから始まるのではと思うほどに世界を席巻し、どの企業もこうしたシステムを活用したいと考えています。では、世界を席巻するこうした技術を、どのように導入していけばよいのでしょうか。
重要なのは、生成AIがあるからといって、それだけで企業の差別化を図ることができるわけではなく、生成AIのアウトプットを企業内の知と融合させ、それぞれのニーズに合わせて文脈化すること。つまり、多様なタスクを実行するさまざまなソフトウェアをオーケストレーションすることで、初めて競争優位性がもたらされるのです。
企業はデータレイクやアナリティクスを通じて構造化データを取得し、インサイトを生み出す仕組みを作ってきました。一方で、それよりもはるかに多くの利用可能な情報が、たいていは構造化されていない形で存在しています。そうした知は、熟練者のみが活用できる、いわば“暗黙知”に留まっていました。
初心者と熟練者の違いも、この暗黙知から生まれています。熟練者は非構造化データを使ってきた長年の経験により、暗黙知を獲得します。生成AIのような新しいテクノロジーは、こうした暗黙知をインサイトに変える上で大きな役割を果たすのです。
暗黙知を活用するためには、四層のアプローチが必要になります。まず①ベースとなる層では、既存のITシステムと、データレイクやデータウェアハウスを確実に結び付けなければなりません。その上に②LLM(Large Language Models:大規模言語モデル)やパブリックドメインの情報を活用した層を設け、さらに③目的別にタスクを実行するソフトウェアを置く層を構築します。そして、④これら全てのソフトウェアをオーケストレーションする、いわば副操縦士のような役割を果たす層も必要です。
TCSが力を入れているのが、このようなAIインフラストラクチャーの構築支援です。この支援に当たって、TCSは次の四つをAIの基本原則にしています。一つ目は、業界ファーストであること。二つ目は、これまでの投資が無駄にならないようにお客さまのクラウド上で機能すること。三つ目は、エコシステムを活用すること。そして最後に、企業に特化したAIであることです。生成AIの市場には日々新たなプレーヤーが参入し、新しいソリューションが生まれています。TCSが世界中のお客さまと協働し、さまざまな経験を積んできた中から、事例をご紹介します。
ある欧州の大手製薬会社では、全ての有害事象の調査・分類、報告書作成に生成AIを活用しました。その結果、要する時間を大幅に削減し、有望な医薬品へ経営資源の集中と、創薬期間の短縮を実現しました。
年金積立の事例では、適切なリスク移転プロセスを実行するのに約3カ月を要していたものが、生成AIによってリスク移転プロセスを自動分類することで、7~10日に短縮されたのです。
これらのケースでは、スピードと正確性の両方を実現しています。このように、生成AIなどの新しいテクノロジーは、より少ない人数で、より多くの仕事をこなす能力を備え、さまざまな変革を起こしています。
もう一つ、サステナビリティは、地球全体の最重要課題です。タタグループでは、『アリンガナ(サンスクリット語で“抱擁”の意)』というプログラムを通じて、2045年までのネットゼロ達成を目指しています。TCSも2030年までのネットゼロ達成を宣言しており、アジア、太平洋、欧州、米国などで、予定より2年ほど早くCO2排出量を約71%削減するなど、順調に進展しています。
さらにTCSでは、テクノロジー企業として、お客さまの排出量削減の支援に重点を置いています。その一例がTCS Clever Energy™です。これはデジタルツインが組み込まれたシステムとAIや機械学習などによってエネルギー効率化を図る技術です。ある製薬小売企業では、全ての建物や施設のデジタルツインを構築することで、電力消費を26%削減し、予定よりはるかに早く目標を達成しました。
スマートグリッドも有望な分野です。西オーストラリア州でTCSは電力会社と協力し、太陽光発電を導入した住宅屋上のパネルを網の目のようにつないでバーチャルな発電所をつくり、電力需給の円滑化を実現しました。
またTCSでは、さまざまなスポーツを通じて、持続可能性に関するメッセージを広めることも大切だと考えています。EVのF1と呼ばれるフォーミュラEは、最も持続可能なスポーツの一つです。TCSはジャガーレーシングと協働し、サーキットで得たインサイトを一般車両へ応用しています。ジャガーTCSレーシングはインサイトをもとに、EVの航続距離を約8%伸ばしました。
TCSは、テクノロジーを活用した幅広いソリューションで、引き続き持続可能な社会に貢献していきます。
日本企業の多くが共通して抱える問題として、高齢化による人材不足があります。そしてもうひとつは、これまでテクノロジーを積極的に導入してきた結果として、それがかなり古いものになってしまっている可能性があるということです。前述の通り、生成AIなどの新しいテクノロジーは、より少ない人数でより多くをこなす能力を備え、また、新技術への移行をより迅速に行うのにも役立ちます。失敗を恐れずに学び、挑む姿勢で、新しいテクノロジーを導入することが、日本が抱える課題を解決するチャンスになると考えます。
繰り返しになりますが、激しい変化の中で企業がサステナブルな活動と成長を実現するには、データやAIの活用といった新たな技術の導入により、そのコア(体幹)を強くしていくことが重要です。TCSは、日本のお客さまに向けて、コンサルティングや日本企業専用デリバリーセンター(Japan-centric Delivery Center:JDC)をはじめとするケイパビリティの強化に投資を続けています。今後も、皆さまと共に学び、共に変革を実現することにコミットします。