「デジタルトランスフォーメーション（以降、DX）」という言葉が世の中に広まってからしばらく経ちます。多くの企業が社員教育やリスキリングに取り組んでいますが、「DX推進」と言っても単なるIT導入ではなく、業務やビジネスそのものを大きく変えていくことが本当の目的です。
長く浸透した業務に変化をもたらすためには、強い意志と推進力が必要です。しかし、実際には、DXの推進の過程で問題や課題に直面して基本的なトレーニングで終わってしまい、「変化」を生み出せていないケースも多いのではないでしょうか。
本稿では、筆者の過去の経験をもとに、DXを成功に導くための考え方と具体的なプロセスを紹介します。企業の事業部門の方々を中心に参考になれば幸いです。
目次
DX化のさらなる推進が必要な理由
ビジネスを取り巻く環境は日々変化しています。継続的に競争優位性を確保するためには、業務プロセスの効率化と意思決定の迅速化が不可欠です。主に以下2つの理由から、さらなるDX化が重要です。
- 膨大な情報（データ）量
さまざまな業務において、取り扱う情報（データ）量が急速に増加しています。また、「いつ・誰が・どの情報を扱ったか」という情報のトレーサビリティの重要性が高まる中、それらのデータを収集し、鮮度を維持するといった業務を人手で行うには限界があります。
- スキルの属人化
長年の経験者の暗黙知に支えられた業務が多く存在する場合は、属人化のリスクがあるといえます。その方の異動や高齢化に伴う退職を考えると、中長期的な業務の実効性そのものが危ぶまれます。
DX化推進の弊害
DX化の推進の必要性を理解していても、実際には、組織文化の壁や予算不足、IT知識の不足など、さまざまな課題に直面していることが多いのではないでしょうか。具体的な障害としては、次のようなものがあります。
- 変革の閉鎖性
多くの業務は、部署や組織をまたいで行われています。しかし、特定の部署だけで完結しようと「個別最適」の動きが目立ち、結果として投資した効果が感じられず、実行に至らないケースが多くあります。その背景には、部署間の壁や関係者との調整の難しさがあります。
- 予算・体制が不十分
計画の段階で十分な予算や人員が確保できておらず、通常業務と並行して進める必要があるため、DX推進に必要な準備に時間をかけられないことがよくあります。その結果、準備不足、DX化の必要性の理解が曖昧なまま進めてしまうことになります。
- IT知識や実務経験の不足
研修は受けたものの、実務経験がないために「何から始めればよいのかがわからない」と悩むケースも少なくありません。また、IT部門と気軽に相談できるつながりがなく、自分たちだけで誤ったソリューションを選んでしまう場合もあります。特に、数多くのSaaSや業務アプリケーションが存在する中で、イメージだけで製品を選び、実際の業務に合わないという問題もよく見受けられます。
経営者や事業責任者の強い支援とリーダーシップがDXの成功をもたらす
では、DXを成功させるためにはどうすればよいでしょうか。
最も重要なのは、経営者や事業責任者が強い意志を持ってDXの必要性を社内に伝え、継続的に発信することです。そして、実効性を高めるためにIT部門と連携し、組織横断で取り組める実行体制をつくることがポイントです。具体的には次の3点が挙げられます。
- ゴールの明確化、推進力
DXの目的を明確にし、推進の途中で立ちはだかる壁に対しても強い意志で挑む姿勢が必要です。部署を超えたプロジェクトチームを立ち上げ、従業員一人ひとりにDXの重要性を伝えるだけでなく、達成した成果を人事評価に反映することも効果的です。
- 早期の成功体験
大きな目標を掲げつつも、成功体験を早期に体感できるような計画（スモールスタート）が重要です。小さな成功が自信となり、個人のモチベーションの向上に寄与するだけでなく、成功体験を関係者へ共有することにより組織全体のDX化に向けたモチベーションの向上、推進力につながります。
- アジリティの高いIT開発
従来の開発手法にとらわれず、スクラム開発や市民開発といった新たな方法論をテクノロジーと組み合わせて、IT部門と協議しながら適材適所にソリューションを提供することが重要です。ノーコードやローコードツールを活用し、トライアンドエラーを繰り返しながら開発を進める柔軟性も求められます。
成功に導くための事業部門としての推進プロセス
続いて、事業部門としてどのようにDXを具体的に進めていくべきか、そのプロセスを解説します。
- 目的・成功要因の策定
「なぜDX化するのか」を明確にします。その背景にある課題を洗い出し、「何が解決できれば成功と言えるのか」をハイレベルで表現し、検討メンバーと共有します。また、どのような効果が得られるのかを定量的に表現することが望ましいです。
【例】- 目的：コールセンターでの対応ミス削減
- 背景：取扱商品の増加により問い合わせ件数が増え、対応業務がひっ迫している
- 成功要因：問い合わせ件数を〇〇％削減、応対時間を〇〇秒短縮
- 現行業務（AsIs）の理解
現行の業務は、長年にわたり改善を重ねてきた結果、非常に複雑化しています。そのため、特定の人にしかわからない業務や膨大なデータ量により、DX化が求められている状況です。しかし、世の中に存在する業務パッケージやSaaSありきで調査を進め、「あるべき姿（ToBe）」だけで検討を進めると、現場に合わないシステムを選んでしまうリスクがあります。
そのため、まずは現行業務を正しく理解することが大切です。業務内容（ユースケース）、担当部門、業務量（かかる時間）、使用言語、セキュリティ（個人情報の扱いなど）、データとその流れといった観点から業務を整理します。特に、ユースケースを基に業務フローを作成し、現時点での課題や問題点を明確に洗い出すことが最初のステップです。
- データの可視化
システム化を進めるうえで、データの可視化は非常に重要な作業です。業務フローは業務の動きや流れを示しますが、これだけでは不十分です。各業務ではどのようなデータ（インプット）が必要なのか、また、業務を終えた後にどのようなデータ（アウトプット）が作成されるのかを把握し、そのデータが業務全体の流れの中でどのように受け渡され、変化していくのかも併せて整理する必要があります。
業務フローの作成と同時にこれらのデータの流れも見える化し、全体像を理解することが、DX推進の基盤となります。
- 課題の抽出
前のステップでは、現行業務を整理し、現状の問題（何ができていないか）を洗い出しました。次のステップでは「課題」、つまり「今後できるようにしたいこと」を明確にしていきます。課題は、解決の方向性が見えている状態を指しますが、この段階では具体的な方法まで踏み込む必要はありません。
例えば、「電話対応時に紙のマニュアルを参照しているが、内容が膨大で読みづらいため、経験の浅いオペレーターのミスが増えている。その結果、不備対応に多くの時間がかかり、顧客からのクレームや従業員の残業が増えている。」といった問題がある場合、課題としては「マニュアルを電子化し、業務手順をルール化して、若手オペレーターでも迷わず対応できる仕組みを整える」となります。
また、各課題を解消した際にどの程度の改善効果が期待できるのかについても、可能であれば試算し、机上でシミュレーションを行うことを推奨します。これにより、取り組むべき課題の優先順位付けにも役立ちます。
- 成功要因と課題の紐づけ
定義した課題が、どの成功要因にどのような良い影響を与えるのかを明確にするために、あらかじめ設定した成功要因と課題を関連付けて整理します。あわせて、各課題の優先順位も決定します。優先順位の設定は、成功要因に紐づく定量的なKPIをもとに判断する方法もありますが、早期に効果を実感できるよう、比較的規模が小さく難易度の低い課題を優先する方法も有効です。
- ToBe策定
ここまでで現行業務の分析が完了したら、次のステップとして理想の姿（ToBe）を明確にしていきます。この段階では、まだ具体的なITソリューションには触れず、「何を実現したいか（What）」をはっきりさせることが大切です。以下の内容を基に進めますが、ITを前提とした取り組みになるため、IT部門としっかりコミュニケーションをとりながら進めていくことが望ましいです。
- 新業務要件(新ユースケース)作成
現状（AsIs）のユースケースをもとに、課題を踏まえて新しい業務要件（ToBe）を作成します。たとえば、現状では「Excelに入力してメールを送信する」という流れがある場合、理想の姿では「Web画面に入力し、Submitボタンを押す」といった形で表現します。
- ToBeモデルの作成
上記で作成した新ユースケースをもとに、業務フローを設計します。現状では手作業で複数のプロセスを経ていた業務も、システムのロジックとして組み込むことで自動化され、業務フロー自体はシンプルになります。また、業務フローに使用する各記号はシステム上の機能要件（画面やロジック）の単位となるため、処理内容が複雑な場合は別途ユースケースを分解して詳細にまとめることが必要です。
- ToBeモデルの精査
作成したToBeモデルをもとに、実現可能性を検討します。このステップではIT部門と連携し、「どのように実現するか（How）」を意識して議論を進めます。なお、ここでの検討はあくまでも実現性を確認するものであり、事業部門がシステム要件定義を行うことを目的としているわけではありません。
- 機能要件
上記で整理した新しい機能要件をもとに、システムで実現できるかどうかを確認します。画面デザインやワークフロー、業務ロジック、システム連携（インテグレーション）、帳票などを検討し、実現が難しい場合は代替手段を検討します。また、必要に応じて簡易的なプロトタイプを作成し、早い段階で実現可能性を確認することも有効です。 - 非機能要件
システムを運用するうえで必要となる非機能要件（ユーザー管理、セキュリティ、データ管理など）についても整理します。データに関しては、誰がいつ入力・更新したかを追跡できるトレーサビリティや、データ保持期間（リテンション要件）についても検討します。
- 機能要件
まとめ
DX化の取り組みは、この文書では一見簡単に見えるかもしれませんが、多くの課題や障壁に直面することもあります。そのような状況において最も重要なのは、経営層の支援（スポンサーシップ）に加え、変化を恐れず関係者を巻き込み、最後までやりきる実行力です。TCSもその挑戦を支え、全力でサポートいたします。
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