今、世界では、さまざまな業種が激しい変化にさらされています。時代が変わっても、ビジネスの根幹は変わりません。しかし、技術は常に変化しており、これに伴ってビジネスの基本的な概念の再定義が求められています。そこで重要となるのが、デジタルの時代にふさわしい新しいフレームワークであり、それが Business 4.0™なのです。
Business 4.0 の時代において、企業には何が求められるのでしょうか。これを理解するためには、Business 4.0を構成する四つの柱を理解しなければなりません。
図1:Business4.0 四つの柱 |
一つ目の柱は、「カスタマーセグメンテーション」です。
現在、顧客セグメントはどんどん小さくなっており、一人ごとの顧客に対して一つのセグメントを定義するパーソナライゼーションが進んでいます。さらにこれが進むと、顧客の個々の取引をセグメンテーションすることで、ニーズに寄り添ったきめ細かいサービスや製品を提供していくことが可能になります。私たちはこれをマスパーソナライゼーションと呼びます。
二つ目の柱は、「エクスポネンシャルな価値の創造※」です。
この 5〜10 年の間に、複数の業界で大きな価値の変化が起きています。新規参入者によって、今まで誰も想像しなかったような価格で製品やサービスが提供されるようになり、消費者からは「高品質の製品を安価で得たい」「瞬時に欲しいものを手に入れたい」というニーズが従来にも増して高まっています。この価値の変化をもたらした最大の存在はAmazonです。最初は、Amazonのようなビジネスモデルは続くはずがないとほとんどの人が考えていました。しかしAmazonのビジネスは、小売業全体の80%の時価総額を占めるまでに成長しました。つまり、コスト構造、デリバリーモデルが定義できれば、爆発的に増大する価値を創造し、それを顧客やステークホルダーに提供できるのです。
※Exponential : 「飛躍的な」、「急激な」、「指数関数的な」の意
三つ目の柱は、「水平方向での協業」です。
従来は、原料、製造、販売というように、顧客に向けて上流から下流まで垂直につながるサプライチェーンに力点が置かれていました。しかし、新しい時代では、水平方向で複数の同業他社、または他業種と協業することで得られる成果を顧客に提供する動きが活発化しています。最近では、デジタル分野のトップ企業は組織再編を実行する際に、他社と共存を図るビジネスのエコシステムを活用します。ここで鍵となるのは、企業間の垣根を取り払ったエコシステムをいかに構築できるかという点です。こうしたエコシステムを実現できれば、企業は無限の経営資源を手にできるのです。
四つ目の柱は「リスクへの挑戦」です。
従来は、とにかくリスクを低減するために、管理して封じ込めるという考え方が主流でした。しかし、今はリスクへの挑戦が求められています。単にリスクを低減させたり、封じ込めたりするのではなく、先手必勝型でリスクに向き合う姿勢が必要なのです。その上で、持続可能なビジネスを展開できる環境を担保することが重要です。リスクを完全に回避するのではなく、リスクを認識したら、すぐに対応する能力が求められているのです。
この四つの柱が、重要な Business 4.0の概念です。そして、デジタル分野での成功者は、これらをうまく活用しています。私たちタタコンサルタンシーサービシズ(TCS) も、この四つの柱を常に大切にしてきました。
さて、現在起きていることをさらに細かく見ていきましょう。今世界では、クラウド、オートメーション、アジャイル、分散型のインテリジェンスという四つの新技術が台頭しており、プラットフォーマーの成長をけん引しています。現代はさまざまな技術によってアイデアをすぐに試せる時代です。だからこそ、真の意味で技術の価値を存分に活用する必要があるといえます。これが「マシンファースト」、つまり、技術が第一の選択肢であるという考え方です。このマシンファーストに向けた旅路においては、四つのポイントがあります。
一つ目は、「技術の統合」です。
技術には、自動化、分析、機械学習(マシンラーニング)のようにさまざまな要素があります。それらを単体で考えるのではなく、統合した形で考え、推進していく必要があります。
二つ目は、「マシンファーストの導入を『旅:Journey』と捉える考え方」です。
マシンファーストへの旅路は、各企業のこれまでの経験や成熟度に応じて、さまざまな道筋が考えられます。それぞれのレベルでマイルストーンがあるため、広く知られている成熟度モデルに合わせて考えていくということが一つの手法です。
三つ目は、「事業部門そのものの改革」です。
技術は既に、企業全体に広く普及しています。つまり、技術の変化はIT部門だけにとどまらず組織内の全部門に影響を与えており、それ故に事業部門の組織的な変革が不可欠になっているのです。
四つ目は、「人の役割の変化」です。
マシンファーストによって、技術が人間に取って代わるわけではありません。人間の役割は高度化していきます。人間がマシンのトレーナーになるわけです。さらにインスピレーションを与え、倫理的な番人としての役割も果たす存在となります。
これら四つの要素は、マシンファーストに向けたものの考え方やビジネスモデルを構築するために必要な概念です。TCSは、この概念を基に、マシンファースト・デリバリーモデルを提供します。マシンファースト・デリバリーモデルは、企業がマシンファーストを導入するためのフレームワークや道しるべとして機能します。
図2:マシンファースト 四つのポイント |
米国の著名な資産運用企業は、マシンファーストを実践的に活用しています。この企業は富裕層に向けて資産運用のアドバイスを提供する企業です。このビジネスモデルは、クライアントと良好な信頼関係を築くことが最も重要で、顧客のニーズを的確に把握し、それに応じたアドバイスやサービスを提供することが重要です。これは、顧客に個別対応していく、ハイタッチでとても時間のかかる、ハイコスト型のビジネスモデルでした。また、同社のビジネスが対象とする顧客は、50万ドル以上の資産を持つ富裕層でした。
この企業は顧客の裾野を広げるために、世界最高水準の金融機関向け統合ソリューション「TCS BaNCS(バンクス)」を活用し、顧客管理業務の自動化プラットフォームを新たに構築しました。富裕層顧客の資産管理の枠組みを用いて推奨エンジンを導入することで、新規顧客が口座を開設する際に求めるポートフォリオ、リスクの許容度などを分析。さらに、さまざまな顧客とのやりとりから得られた顧客一人一人の志向をエンジンに組み込むことで、顧客の個々のニーズなども理解していきました。このシステムでは、フロントエンドに TCS BaNCSを使用していますが、これは単体ではなくほかのモジュールとも連動します。例えば顧客が直接の対話を希望する場合には、自動化されたフロントエンドから連絡が来る形で、シームレスにバーチャルアシスタントや人間と話すことができるようになっています。このシステムを用いることで、この企業は 1,000億ドル以上の資産を管理できるようになりました。そして、当初ターゲットにしていた資産50万ドルの顧客から資産5万ドルの顧客にまで、その裾野を広げることができたのです。
この例からもわかるように、これからの時代は、人間とマシンのシームレスな融合が最も重要になります。マシンは膨大な情報から顧客ニーズを探り、それを人間に提示します。人間はその情報を基に、独創的なアイデアを生みだしたりリスク分析をしたりして、計画を具体化していきます。そして、その計画はテクノロジーシステムによって、迅速かつ確実に実行されるわけです。さらに、その結果が人間にフィードバックされることで、システムの微調整が可能になります。この一連のサイクルを絶え間なく回すことで、システムの完成度はさらに向上していきます。
新しい時代のビジネスでは、技術の側がサイエンスを提供し、人間の側が独創性とアート(Art:技法・技術)をつかさどることで、サイエンスとアートが共存し、協業することができます。これからの企業は、サイエンスとアートを提供できるようなビジネスモデルを構築する必要があるのです。
サイエンスとアートが融合した初期段階の成功例をもう一つ紹介します。米国のある小売企業は、店舗を改装するためにTCSと協業し、新たなシステムを構築しました。店舗の改装は単にフロントエンドの変更だけでは終わりません。より詳細な計画が必要で、サプライチェーンや物流なども変更する必要があります。エンド・ツー・エンドで変更を加えるのはとても複雑で、制約条件も多く、以前は 6 カ月に 1 回の頻度でしか店舗の改装ができませんでした。新たに導入されたシステムは、店舗改装計画のプラットフォームとなるものです。マネージャーは複数の店舗計画を立て、それらをシステムに入力します。すると、最適化された売り場計画が生成され、関連する全てのバリューチェーンの仕様書が作成されます。このシステムを導入することで、この企業は3カ月ごとに店舗を改装できるようになり、年間で10億ドル以上の売上増を見込めるようになりました。
サイエンスとアートの融合を成功させるには、エンタープライズ・アジリティが必要となります。アジリティ(Agility:俊敏性)は戦略としてとても長い間存在し、アジリティに対するアプローチは既に標準化されていますが、もう一度見直すべき時に来たと私たちは感じています。エンタープライズ・アジリティは、ビジネスイノベーションの手法として捉えられるべきでしょう。
20年前から、私たちはグローバルネットワーク・デリバリーモデル(GNDM)をテクノロジーサービス業界において採用してきました。そして今、マシンファースト・デリバリーモデルを提供することで、再び消費の形態にグローバルな変化をもたらすことができると考えています。そのために、私たちは現在、日本でも積極的な投資を行っています。まずビジネスイノベーションユニット(Business Innovation Unit:BIU)を設置し、研究活動などを進めています。また、お客様のイノベーション推進を支援するために TCS Pace Port™をグローバルに先駆けて設置しました(TCS ペースポート東京)。さらに東京大学との連携を深め、人材交流や共同研究を積極的に実施しています。さらには、デジタルアジャイルに関してグローバルトランスフォーメーションの最新情報を得られるように社員教育をしています。
Business 4.0の世界では、私たちは技術の使い方を抜本的に見直すことが迫られています。そのためには、技術を中心に考えるマシンファーストのフィロソフィが重要になります。マシンファーストとアジャイルの二つを方法論として用いることによって、私たちはテクノロジーの可能性を最大限に生かし、世界の変化に対応していくことができるのです。
ラジェシュ ゴピナタン タタコンサルタンシーサービシズ 代表取締役社長 兼 CEO
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2013年よりタタコンサルタンシーサービシズ(TCS)のCFO(最高財務責任者)を務めた後、2017年2月にCEO 就任。CFO就任以前は、Business Financeのバイスプレジデントとして、TCSの各業務ユニットの財務管理を担当。財務計画の策定・管理に加え、レベニューアシュアランス(収益機会最適化)や利益管理も担ってきた。CFO在任中の 2015~2016年にはTCSの時価総額が700億ドルを超え、インドで最も企業価値のある一社と認められた。 2001年にタタ・グループのハイテクおよび新規事業を推進するタタ・インダストリーズ社から TCSに入社。TCSにおいて、米国で新規eビジネスを立ち上げ、また、新たな組織体制や経営モデルの設計・構築・実行に取り組んだ。2014年、インド経営大学院(IIM)アーメダバード校から「Corporate Leader」分野の「Young Alumni Achiever’s Award」を授与された。リージョナル・エンジニアリング・カレッジ(REC)ティルチラパリ(現ナショナル・インスティテュート・オブ・テクノロジー(NIT)ティルチラパリ)で電気・電子工学を学び、1994年に卒業後、IIMアーメダバード校で経営学を修了。 |
※掲載内容は2019年7月時点のものです。
※当社 季刊広報誌「CATALYST」Vol.18より転載。PDFはこちら